第23話 主人の命令

「ええ、そりゃ君が悪いんじゃない」


ひとまず話し合おうという流れになり、アルゥバースは事の次第を説明した。

その結果、父はけろりと断じた。


「待って、アルゥ。その拳を下ろして。とにかくお前に殴られると本当に一週間近くは呻くことになるから。それに、僕は正論を言ってるだけだ。悪いのは君だよ」

「というか、兄さん。僕、今日婚約披露したばかりなんだけど…なんでその夜に弟の婚約者に手を出してるの」


ひとまず振り上げた拳を収めてみれば、向かいに座るガンレットはなぜか悄然としていた。


「? あの王子を諦めさせるための形だけの婚約者だろう。サラヴィお嬢様は叙爵して女主人になるつもりだから、お前の婚約者の自覚は全くないぞ」

「だよね、知っていたよ。僕って本当に誰からも愛されないよね。はあ、王太子なんて辞めたい」

「何言ってるんだ、そんな綺麗な顔してるんだから、求心力はこのダメ父よりはあるさ。婚約者なんて選び放題だろう」

「そうだよ、レット。お父さんたちみたいに地味顔じゃないんだから、自信もって。綺麗な顔立ちって本当に見てて飽きないよね」

「ほんとにこの鈍感美的感覚狂いが。なんで自分たちの容姿が劣ってるって信じられるんだ…もういいよ。僕は僕だけを見てくれる人を見つけよう」


深いため息をついた弟の心境などアルゥバースには全く理解できないが、サラヴィの態度ほどではない。


「何を言ってるんだ、お前は十分に魅力的だ。なんでそんなに自信がないんだ?」

「———兄さんが、タラシだってことを今、十分に理解した。僕の話はいいだよ、さっさと謝ってきたら。それで告白でもしてくればいい」

「告白?」


きょとんと瞬いたアルゥバースに、ガンレットのこめかみがひくついた。


「兄さん、ちょっと聞くけど。なんでサラヴィにキスしたの」

「誕生日プレゼントにねだられたから」

「…僕が兄さんにキスして欲しいって言ったらしてくれるの」

「欲しいのか?」

「いや、いらないけど。その様子だと、もしかしてできるの?」

「減るもんじゃないしな。欲しいならいくらでもしてやるが」

「…ちなみに、兄さんって誰かとキスしたことある?」

「育った環境が環境だからな、そりゃあ何度かは…」

「父上、どういう教育なんですか?!」

「ええ? これはどっちかっていうとアジリィナがわる…」

「母さんの悪口が言えると思うのか?」

「はい、すみません! まあ、娼館で可愛がられてたから仕方ないんじゃない、かな?」


ガンレットははああっと長い息をつくと、可哀そうな者を見るような目を向けてきた。


「兄さんの境遇には同情すべきことはあるけど、主人に仕えるなら大事なことがあるだろう。主人がどうしてそんなことを命じたのか、考えることなんじゃないのかな」



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