第1話 執事は見ている

カンターレ公爵家は由緒ある貴族である。タイゲイア王国の建国史にもその名前が登場するほどに古く、王家に次ぐ広大な領地を治め、豊かな土地柄から採れる作物、鉱物、森林資源、そこから生まれる工芸品の数々からの収益は国家予算のおよそ1/2ほどを占める。

普通であれば王族に次ぐ権力など危険視されるところではあるが、現カンターレ公爵は公明正大な人物で、領民たちから好かれ、国王からも絶大な信頼を寄せられている。本来であれば厳しい立場ではあるが、周囲の貴族との関係も良好で、不穏な影など忍び寄る気配もない。

唯一の欠点といえば、子供が一人だけしかいないということだろう。


サラヴィ=カンターレ、御年15歳。


母親譲りのはちみつ色の髪に、父親譲りのカットされた宝石のように輝く翠の瞳を持つ美少女だ。

容姿が整っていることは国中どころか周辺国にまで知れ渡っているほどである。唯一の後継者ではあるが、彼女は同じ年の王太子の婚約者候補筆頭とも呼ばれていた。

父親である公爵が明言を避けているため、あくまでも噂ではあるが、二人の仲睦まじい様子はあちこちで聞かれる。

二人ともまだ学生なので、卒業すれば公表されるのではないかとまことしやかにささやかれていた。


そんなサラヴィの傍付きは執事のアルゥバースだ。容姿は平凡でどちらかといえば目立たない。くすんだこげ茶の髪色に菫色の瞳をした20歳の青年だ。

年頃の少女の傍付きが女性ではないのだが、なんの問題もないと彼は自負している。

主が嫌なことはしない信条だが、困らせることは大好きだ。

それでも日常には何も問題はない。


#####


「あ、あのアル…」

「なんでしょうか、お嬢様」


王都にある学園から帰ってきたサラヴィが部屋に入るなり茫然と立ち尽くした。鞄持ちをしていたアルゥバースは彼女のやや後方にいたため、若干の肩の震えにもすぐに気が付いた。

しかし、ためらいがちに名前を呼ばれるなど、なんのご褒美だろう。その戸惑ったような表情で上目遣いで振り返って見つめてくる少女に、アルゥバースの内心は震えた。


「あの、ええと、その…これは、どういう状況ですか?」

「できれば、もっとさげずんだ目を向けていただいても結構ですよ」

「…アル、状況を説明してください」

「説明と言われましても。ご覧いただいたままにございますよ」


まっすぐに見つめると、吸いこまれそうな翠の瞳が若干潤んだ。彼女が困った時の表情だが、顔色はほんのり赤い。


「失礼します、お嬢様。もしや、熱でもありましたか?」

「へ? いえ、大丈夫ですが」


困り顔から一転、きょとんとした顔になった少女のおでこにそっと手のひらを当てた。まあるい形の良いおでこは手触りも極上だ。


「そうですね、熱はそれほど高くはないようですが。部屋が少し暑くなっていますか。窓でも開けましょう」

「え、え?! 窓を開けるんですか!」

「お嬢様の体調管理も私の仕事ですから」

「では、この部屋を片付けてからにしましょう。ね、アル、お願いします」

「ああ、そこは命令していただいても結構ですが。むしろ焦らされるのも楽しくはありますね。さすがお嬢様です、わかっていらっしゃる」

「何もわかっていませんからぁ。お願いですから、部屋を片付けてください」

「では、この中からお好きなものを5枚ほど選んでください。すぐにお選びいただけるようにこうして部屋に入れさせていただきました。お嬢様が大きくなられたので、最近はサイズが合わなくなってきていますでしょう」

「な、なぜそれを…」

「ラーナからも報告はありましたが、明らかに体のラインが崩れていますから。最近の学園の制服は体の線がわかりやすく作ってありますので、一目見ただけでわかりますよ。ですから、お選びいただけるようにご用意いたしました」


瞬時に真っ赤になって口をぱくぱくさせているサラヴィに、アルゥバースは部屋の中を示す。ずらりと並んだトルソーには色とりどりの上下の下着が着せられている。


「こちらのレース編みなど、お嬢様の体を思い浮かべながら作成された一品ですよ。繊細な白いレースがお嬢様の真珠のような肌にはよく映えますね。ですが、縫製はきっちりとしていますので、形は美しく整えてくれるともっぱらの評判です。こちらは、より立体を好む方向けだそうで、しっかりとホールドされるので安心感があるとか。優しさを求めるならこちらの品になります。お休みの日など、外出予定がなければこちらをお使いただいても結構ですね。それから―――」

「どうしてそんなに詳しいんですか?!」


ほとんど泣きそうな顔で叫んだサラヴィに、ことさら真剣に告げる。


「よく知りもしないものを大事なお嬢様にはお勧めしません。成長期なんですから、体に合った下着をつけることはとても大切なことです」

「アルゥバース…」

「それに、私を踏んでいるお嬢様が着けている下着を想像するのも楽しいものです。こうして冷ややかに私の背を踵の高い靴で踏み抜いているお嬢様の服の下が純白のレースだったりしたら! ああ、もう、なんのご褒美ですか! ギャップ萌えで死にそうです」

「戻ってきてアルゥバース! まるで私がいつもあなたを踏んでるみたいに聞こえますから。それはあなたの妄想でしょう?!」

「妄想もこれほど現実的ならば何も問題はありませんが」

「十分あります。今、実際に私にものすごく被害が及んでいる気がします」

「ははは、気のせいですよ。お嬢様は笑いのセンスも抜群ですね。さて、どちらが気に入りましたか」

「ラーナを呼んできてください。彼女の意見も聞きたいので」

「ああ、どれを選んだか後のお楽しみにしてくださるんですね。妄想がさらに膨らむ予感がいたします。では、ラーナを呼んでまいりますので、少々お待ちください」


上機嫌で部屋を出て行ったアルゥバースには、「大好きなのに踏むわけないじゃないですか…」というサラヴィの切ない独り言は聞こえないのだった。








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