そこの教会危険ですのでご注意を!
ハマネコ
第1話 シスターエルナ
高い天井。綺麗に並べられているいくつもの長椅子。周りを囲む色鮮やかなステンドグラス。広くはあるが少し質素なその部屋は、剥き出しの柱によってところどころに影を落としてはいるものの、ステンドグラスから差し込む日差しによって明々としている。
その部屋の最奥、巨大な十字架の前に腰を落とし祈りを捧げる一人のシスター。
薄い金色のストレートの髪は腰にまで届き、細く華奢な身に纏う黒い修道服には純白の肌がなんともよく映える。その端麗な横顔は光に照らされることでもはや神々しさすら感じてしまうほどに美しい。
そんな中、コンコン、と誰かが扉を叩く音が聞こえる。
シスターの返事も待たずに入ってきたのは黒い装束の複数人の男達。体格はそこまで良いわけではないが、全員が顔を隠すように布を巻いている。どこか値踏みするようにシスターを観察していて、一言で言えばとても怪しい集団であった。
「失礼ですがどちら様でしょうか? 礼拝堂の解放には少し時間が早いようですが?」
シスターは笑顔を絶やさずに男達に問う。
「いやですねぇ~、今日は例の件にそろそろ決着をつけようと約束していたではありませんかぁ、シスターエルナさん」
シスターの問いに答えたのは男達の後ろからでてきた背の低い太った男だった。
黒いハットに、いかにも高そうな服に靴、後ろの男達とは明らかに雰囲気が違う。
「あら、マウリッドさんでしたか。失礼いたしました、なにぶんお連れの方がいらっしゃるとは聞いておりませんでしたので」
丁寧に頭を下げつつ若干の嫌みを込めるシスター。
その姿をみてニヤリと薄く笑いマウリッドは口を開く。
「おや? 言っていませんでしたかな? これは失礼。お邪魔でなければ同席させたいのですがよろしいですか?」
白々しい演技をするマウリッドに対して、シスターの笑顔は全く崩れることはなく一言「どうぞ」といって長椅子に座らせる。
「それでは早速本題に入りましょうか。まぁ、本題といってもいつも通りのことなんですが……この教会、いい加減私に譲渡してくれませんかね?」
「お断りします」
マウリッドの言葉に間髪いれずに拒否するシスター。そして、それを分かっていたかのように深く長いため息をつくマウリッド。
どうやらシスターエルナの教会の土地権の話し合いのようだった。2ヶ月ほど前から週に2回は訪れてしつこく交渉していたようで、本日の話し合いで決着をつける事になっていたらしい。お互いに譲らずに話し合いが続く中、マウリッドが行動を起こす。
「はぁ~、仕方ありませんねぇ。こうゆう手だけは使いたくなかったのですが……おい」
発言とはうらはらに、下卑た笑みを隠しもせずに浮かべるマウリッド。そしてマウリッドに命令された男たちも同じ顔をしてシスターを囲む。
「一体、何をなさるおつもりでしょうか?」
明らかな身の危険を前にしても変わらぬ笑顔のシスターエルナ。さすがは聖職者といったところだろうか、なにひとつ動じる事なくマウリッドの次の行動を待っている。
「良い笑顔ですねぇ。そのままで結構ですよ。大丈夫です──痛いのは最初だけですからねぇ。やれ」
マウリッドの言葉を合図に、囲んでいた男たちが一斉にシスターへ襲いかかる。口々にひゃっはーやらなにやら奇声をあげている男達、後ろから見てるいる不愉快な笑顔のマウリッド。
そして、男達の手がシスターに届く。
と、思われたその時────
なんの前触れもなく突如としてシスターの周囲を風が渦巻き始める。襲いかかってきた男達は風に巻き込まれる形になり、そのまま四方の壁へと吹き飛ばされてしまった。
唯一被害に遭わなかったマウリッドもなにがなんだか分からないといった様子でただただ困惑している。
「あぁ、とても残念です……」
声とともに自分の方へとゆっくり近づいてくるシスターエルナに恐怖を抱いたのか、助けを求めるように男達の方へ視線を向けるマウリッド。
だが、先ほどの壁への激突の影響で男達は手や足を抱えうずくまったり、中にはすでに気を失っている者までいる。
その状況を見て舌打ちをしているマウリッドだが、額に滲んでいる脂汗が隠しきれない恐怖と焦燥感を雄弁に物語っていた。
「私は聖職者。万人に対し、平等に慈愛と許しを与える者……、そして、それと同時に穢れてしまった心を祓い、罰をあたえるのもまた役目なのです」
猛獣を前にした子ウサギのようにブルブルと震えているマウリッドへと投げかけられるシスターの言葉。
声音も変わらず、笑顔も変わらず、立ち居振舞いも変わらず……ただ変わるのはマウリッドへの距離とシスターの顔を照らす陽光の明暗だけ。
そして、顔への日差しが柱によって完全な影に隠れたその時、マウリッドから見たシスターエルナの顔は天使の笑顔から悪魔の笑顔へと変貌する。
「フフッ、貴殿方に、神の御慈悲はございません」
妖艶な唇を少し震わせ、マウリッドへの最後の言葉が投げかけられる。
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