二枚爪
渡世 熔
きっと、
「ねぇ、彩華さぁ」
唐突に凛月が切り出した。
「どうしたの」
擦り減ったローファーの踵を、なおも引きずりながら答える。
「将来何になるーとか決めた?」
じゃりっという音だけが響く午後5時半。
空は、青とも赤ともつかない変な色だった。
「決めてないよ」
だよねぇー、と凛月はからから笑う。
なら何で聞いたのさ、と思いながらアスファルトを踵でこする。
「でも、昔はなりたいものいっぱいあったよ」
「あー、確かに」
お花屋さんにケーキ屋さん、野球選手にサッカー選手。あぁ、お医者さんになるって子もいたな。
「彩華は?何になりたかった?」
「私?私は」
アイドルになりたかったよ、と言うと凛月は吹き出した。
「え?マジで?彩華が?想像付かなーい」
とけたけたわらう。
凛月は相変わらずよく笑う。名前はクール系なのに、と最初は驚いたものだ。
まぁ、そういう私も、彩香なんて大層可愛らしい名前をつけられてしまったが。
「私たち、いつの間に夢なくしちゃったんだろねぇ」
と、凛月が呟いた。
ね、と呟きかえし、しばらく歩いた。
じゃりっ、じょり、ざく、ざりっ、と
不規則な音が規則的に踊る。
「限界を知っちゃったのかな」
「限界?」
凛月が不思議そうに聞いてくる。
「最初はアイドルになりたくて、でも自分に才能なんてないことに気づいた。テレビでは沢山の子役が可愛く歌ってて、あぁ、私はあれにはなれないと気づいたの」
才能も、始める時期も、顔も、愛嬌も、お金も、機会も。
「全部足りなかった」
ケーキ屋さんになるにも、イラストレーターになるにも、何になるにも、足りなかった。
凛月は、そっか、と呟いたきりしばらく黙って歩いていた。
近くを流れるドブ川には大きな魚が沢山いる。それを見るのが凛月は好きだ。
「今日は水少ないねえ」
「干潮なんじゃない?近く海だし」
川を見つめながら、凛月が呟いた。
「ねえ、私たち、ちゃんと大人になれるかな。」
魚がちゃぽんと翻る音がした。
「気づいたらなってるよ、きっと」
ふと爪を見ると、中指の爪が二枚爪になっていた。
私はそれを剥がして、川へと放った。
「それこそ、二枚爪みたいにさ。」
気がついたら、子供の顔なんて剥がれてるよ。
私の爪噛み癖もいつの間にか治ってるだろうし。
気づいたら大人になって、適当な職についてるよ。
「昔は、なんでもできる気がしたのにね。」
黙って聞いていた凛月が言った。
「身の丈に合わせて、夢を切り取って。」
今はなんにも残らない。
「…帰ろっか。」
「…うん」
ねぇ、私たち、どうすればいいんだろう。
二枚爪 渡世 熔 @Ritu_od
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