第1話:幸せは続かない


 *



 豊臣天下の膝元で急激に成長し、いまなお成長と開発の進む大阪の都を、真っ逆さまに南下してゆく男がいる。


 身の丈が六尺にも届くこの大男の名は『なぎ』という。


 都の中心へやってきては、日雇いの力仕事で金を稼ぎ、すたこらさっさと都の隅へ帰ってゆく、それはそれはせわしない暮らしぶりの男であった。


「ただいま」


 そこらじゅうの煤けた長屋に戻ってくると、ほぼあばら家も同然の長屋から顔を出した孤児や、物乞いたちが凪の帰りを出迎える。


これが、この凪という年若き青年の日常である。


「おかえり、凪にい」


「今日は十文くらいもらったよ」


「おう、そうかい。俺も今日はちと稼ぎがいいぜ。今度は粥の中に白い飯を入れような」


 まずは、先にやってくるのが孤児たちだ。

 子供らの後に続き、娼婦や物乞いの年寄りがぞろぞろとやってきて、


「働きモンがいると助かるねえ」


「あたい今日は稼ぎが悪くってさ、ご馳走になっていいかい」


「俺んちに干した蛇があっから、それを使いな。凪は育ち盛りだからなあ」


「おいおい爺さん、あんた噛み切れなくなったのかい?」


 人の飯をたかるとは卑しいものだが、これがこの長屋に住む連中にとって常なることだ。互いに支え合い、飯を食わせ合ってその日を生き延びていた。


 凪をこの町へ連れてきた母は、かつて、今より少しはましな家に嫁いだ女だったという。


 だが、何の事情があったのか母は夫と長男を捨て、次男の凪を抱えて家を出た。

 

 そして、大阪の都へと行きついた。


 輝かしく、賑わいの絶えぬ町から外れ、娼婦と孤児の集う荒れ果てた長屋。すなわち、町の人々がいうところの『ゴミ溜め』である。


 だが、凪の生活は豊かだった。薬代もなく満足な飯も食えず、挙句には貧しさから母を失ったが、それを近隣の連中はともに悲しんでくれた。


 娼婦も、物乞いも、孤児も、そこら一帯に住む者たちは家族だったのだ。


 だが、ここらに住んでいる連中には、働けない者が多い。唯一、丈夫な体に育った凪が、この長屋いちばんの稼ぎ手だった。


 朝早くから夕方まで働き、飯を作り、子供らを寝かしつけて自らも眠りにつく。働きすぎていると分っていても、働く量を減らせば、子供らから飢え死にしてしまうのが目に見えている。


 日ごと伸びてゆく子供らの背丈と、その寝顔を眺めている時間だけが、日々を忙殺する凪にとっての支えだった。


(どうか、みな健やかに……)


 誰ひとり欠けることなく、育ち、生き延びてくれと願った。


 その成長を見届けるなら、働きすぎて死んでも本望だろう。


 まさか、自分ひとりだけが生き残ることとなろうとは、平穏を生きていた凪には想像がつかない。



 世は、すでに豊臣から徳川へと移っているのだった。




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