奴隷戦記
三八式物書機
第1話 その少女は奴隷
5年前に亜細亜の大国で起きた経済破綻は一瞬にしてその国の富を根こそぎ奪うだけに終わらず、その国が関係した亜細亜の多くの国の富を奪った。世界は大混乱に陥り、残された僅かな富を奪い合う事が起きた。それは亜細亜だけに留まらず、アフリカ、中南米へと一気に広がり、そして、世界の大国同士の争いへと発展した。
5年間で世界の人口は3分の1にまで減少し、国家は7割近くが実質的な滅亡となっていた。世界中には飢餓と疫病に苦しむ人々が残され、それを食い物にする武装勢力が闊歩する世界となった。
残された僅かな国家は富を集め、歪な形で文明を築き始めていた。
その一つである日本も同じだった。民主主義国家だったはずの日本は大戦初期において、政治の混乱で大損害を受け、国家滅亡の危機になったが、天皇陛下が主導する形で自衛隊による軍事政権が樹立し、滅亡ギリギリの状態から脱した。
軍事政権はそのまま、権力を維持し、彼らの中から新たな貴族階級が生み出された。その貴族達は国家を主導する責務を負う代わりに大きな権利と利益を得た。
横浜
東京が核攻撃によって消滅した時から、この街には多くの難民が流入した。
街は雑多になり、多くの人が必死に生きていた。
多くの物資が集まる街には毎日、多くの露天が建ち並んでいる。
そんな薄汚れた街には不釣り合いな一台の高級車が停車した。屈強そうな運転手が降りて、周囲を見渡す。右手を懐に当てる仕草はそこに拳銃があるだろうと思わせる。彼は安全を確認すると、後部ドアを開いた。
「ご苦労様」
そう言って、一人の初老の男が車から降り立つ。
「お一人で大丈夫ですか?」
運転手は心配そうに彼に告げる。
「安心しなさい。私も大戦で主様の下で戦い抜いた一人ですよ」
「すいません」
ニヤリと笑った初老の男はそのまま、雑踏の中へと歩く。
雑多に並ぶ露天商では肉、魚、服に小物。様々な物が売られ、それを買う為に多くの人々が行き交う。
スリ、万引き、強盗。多くの犯罪も起こっている。
物や人が集まる場所には犯罪がつきものだ。
警察官も彼方此方に居るが、最後に身を守るのは自分だ。
「おい、糞ジジィ。金持ってそうだな?」
初老の男に声を掛けるのは3人の若者。ゴロツキだ。買い出しに来た者などから金品を奪うのが彼らのやり口だ。
「ふん・・・ガキだな。戦争も知らないガキが悪ぶるな」
初老の男は窘めるように言う。
「戦争って・・・大人が勝手にやった事を・・・」
若者はそう言うと、懐から拳銃を抜いた。かつて、中国軍が使っていた物だ。
それを見た初老の男は呆れたように嘆息した。
「ガキが・・・それを出すという事は死んでも誰も文句を言えないぞ?」
初老の男の言葉に若者は苛立つ。
「ざけるな。金を出せ」
そう若者が言った瞬間、初老の男は腰から拳銃を抜いて、素早く連射した。
たった1発。
それで若者の命が奪われた。初老の男は数メートルという距離ではあったが、1秒も掛からず、3人の眉間に弾丸を撃ち込んだ。
「警告はしたはずだ。おい、そこの者。警察を呼んで死体を処理させてくれ。これはその謝礼だ」
初老の男は拳銃を腰のホルスターに入れながら、左手でポケットから小銭を出して、近くの男に渡しながら頼んだ。頼まれた彼は怯えながら、すぐに返事をして、去って行く。
犯罪者を殺すのは合法だ。それが貴族の関係者ならば。
初老の男は貴族の執事であり、彼自身も武士の階級を持つ貴族の1人である。
そして、元陸上自衛隊の陸曹長であった。
そんな彼が探していたのはある露天商であった。
「なるほど・・・これが噂の奴隷商人って言う奴ですか・・・」
彼はまるで薄汚い何かを見るようにその光景を眺めた。
彼の前には5人の男女が裸で立たされている。白人、黒人、アジア人。人種は様々で、年齢は十代初めから中頃までの若者ばかり。
その手足には枷がされ、首輪で繋がれている。そして、台に並べられて見世物にされていた。屈辱的な行為に対して、彼らは悲観的な表情で俯くだけだった。そんな彼らを傍に立つ小太りの男が掛け声をかけて、売っている。
「すまんが・・・奴隷を一人・・・貰えるか?」
初老の男は小太りの男にそう告げる。小太りの男は初老の男の身なりを見ると、酷く笑顔になり、返事をする。
「はいはい。どちらの奴隷がお好みですか?今日は色々、居ますよ。肉体労働なら、こちらの黒人の男。愛玩ならこちらの白人の娘はいかがですか?」
初老の男は小太りの男に対して、嫌そうな顔をする。彼は正直、このように人を売買する行為に対して、嫌悪の念を抱いていた。
「あぁ・・・主様はメイドを求めている・・・そうだな。そちらの娘を貰おう」
白い髪に碧眼の白人少女を見た。彼が彼女に決めた理由は単純に10歳そこそこでこのようなに売り買いされている事に同情したからに過ぎない。ただ、それを言うならば、他の4人にも同じ情の念は湧く。ただ、彼が主から言い渡された命令は一人の奴隷を買う事だ。
「あの小娘か。一番非力そうだが・・・あんたの主は幼女趣味かい?」
小太りの男はニヤニヤと言う。その瞬間、彼の頬を初老の男は打った。激しい一撃に吹き飛ばされる。小太りの男。
「主を愚弄するな・・・不敬罪でこの場で殺すぞ?」
その言葉に小太りの男は慌てて、土下座をする。
「す、すいません。言葉が過ぎました」
「そうか。解れば良い。代金だ」
初老の男は少女に肌にマジックで書かれていた価格分の金を小太りの男に渡した。
「あ、ありがとうございます。すぐに枷を外しますから」
小太りの男は金を受け取るとすぐに少女の枷を外した。
「彼女に着せる服は?」
裸のままの少女を見た初老の男がそう尋ねると、小太りの男は怯えながら首を横に振る。
「す、すいません。うちはそう言ったサービスをしてなくて」
「そうか。解った」
初老の男は裸のままの少女を預かると街を歩き始める。
「おい。日本語は解るか?」
初老の男は少女にそう告げる。
「あ・・・あの・・・す、すこし」
少女はカタコトでそう返事をした。
「そうか。日本語の勉強から始めねばな。それよりも先に好きなのを選べ」
初老の男は服を売っている露天商で立ち止まり、少女にそう告げた。
「い、いいのですか?」
少女は初老の男を見上げ、そう答える。
「もちろんだ。そんな恰好で連れて返れば、主様に怒られるのは私だ。それに私も裸の少女を連れて歩きたくはない。私にも娘が居るからな」
彼は店の女主人に金を渡し、少女に服と下着を選ばせた。彼女が服を着てから車へと向かう。
奴隷
人口が大幅に減少した日本では労働力という意味でも奴隷は非合法ながら当たり前の存在となっていた。世界中には明日死ぬ命ばかりだった。金を得る方法が無い世界で、唯一は子どもを売る事だった。子どもが労働力となるか。愛玩されるか。臓器ドナーとなるか。どうであれ、生き延びる為の命は売買されるのだった。
貴族の世界でも奴隷を買う事があった。その多くは愛玩である。彼らは人権を持たない彼らに普通の人に出来ない事をさせる。そうした行為に対してもそれを否定する者はこの世界には存在しなかった。それ程に人々は飢えていた。
数年後
白い髪を腰まで垂らし、愛くるしい笑顔をする一人のメイドが屋敷の中を掃除している。屋敷は広い洋館であるが、使用人はメイドの彼女しか居ない。ここの主はあまり贅沢を良しとしない。故にこの洋館の全てを行うのは彼女の仕事だった。
「サラ、主様の朝食を準備しなさい」
そこに現れたのは初老の男だ。彼は少女を奴隷商人から買い取った人であり、この屋敷の執事を務める。名前を三田義春。
「はい。三田陸曹長」
陸曹長は三田の自衛隊時代の最終階級である。彼はサラにこう呼ばせている。それは単純にサラが三田の呼び方に困っていたからである。
サラは厨房ですでに支度のしてある朝食を食堂に運ぶ。
長い食卓には白いテーブルクロスが掛けられている。そこには一人の少年が座っている。年頃はサラと同じぐらい。この屋敷の現主である。
戸田俊樹
15歳の高校生である。
公爵の爵位を持つのは父親である戸田隆元陸将である。元陸上自衛隊将官であり、現在、政府の中枢に立つ男だ。
その一人息子が彼である。
「朝食であります」
サラはワゴンに載せた朝食の皿を机に載せる。
「サラ、ご苦労。三田さんと一緒に朝食を取ろう」
俊樹はにこやかにそう告げる。すると直立不動だった三田も俊樹の右側に座る。サラもそれを見てから左側に座る。これがいつもの食事風景だった。
「主様、今日はテストでございますね」
三田は俊樹のスケジュールを全て把握している。
「あぁ、まぁ、いつも通りだよ」
俊樹からすれば、学校の試験に特に配慮する必要は無かった。それでも彼は常にトップの成績なのだから。
「それよりも・・・最近、奴隷を格闘させる見世物が広まっているとか」
俊樹は少し暗めのトーンで尋ねる。
「はい。テレビやネットでも中継されております。昔から、アンダーグラウンドで行われていたのですが・・・昨今、国会を通過した労働力確保特別法のせいで、奴隷の扱い方が酷くなっております」
三田も暗めのトーンで答える。
「あの悪法か。お父様は散々、反対したんだがな」
「仕方がありません。今の日本の産業は全てにおいて、奴隷が必要とされております。とても人権を保護する事が出来ない現実があるわけで、それを是正する事も出来ない現実を認めた形ですね」
三田の説明に俊樹は嘆息する。
「人権が無いから奴隷か・・・。人身売買が公然と行われる事に疑問も持てない世界に未来があるのだろうか」
俊樹は疲れたように呟く。
コロシアム
かつて、野球場やサッカー場であった競技場。
人口減少や経済混乱で競技人口が居なくなった為に放置されていたそれらは現在、そのような名称に変更され、利用される事が増えた。
中にはまるで巨大迷路のような構築物が設けられ、それを覆うように防弾ガラスが設置されている。観客はそれを上から覗く感じだった。
ここで行われるのは奴隷同士の決闘だった。
その判定は死のみ。
持ち得る道具は互いに手に持てる武器で、防弾ガラスを破壊、貫通しない物であれば何でも良い。
昔は貴族や金持ちの余興であった。しかし、今はビジネスとなっている。このためだけに奴隷を買う者も増えて来た。
あまりに悪趣味だと思われた事も娯楽の少ない現代においては、多くの国民を楽しませる余興であり、しかもここで活躍した奴隷には多額の報酬と人権が与えられる事もあり、敢えて、これに挑む奴隷も存在した。
かつての米兵が来ていた戦闘服を身に纏った一人の白人女。金髪碧眼の彼女は手に自動小銃を抱える。
身体の傷痕は彼女がどれだけこのコロシアムで戦い続けたかを示す。
彼女は息を上げながら、壁に身を預ける。
壁は防弾素材を壁材で挟んだ物だ。ライフル弾でも貫通する事は無い。
決闘は様々なスタイルが存在するが、最もポピュラーなのは1対1である。30分勝負で、時間切れとなると、ステージの中央から無人兵器が投入される。それはゴリアテと呼ばれる大戦で用いられた対人用無人兵器である。たった1機で1個小隊を殲滅する火力を有するとされるそれはどちらか一人を殺害するまで動き続ける。それで殺された方が負けなのだ。だから、必ずどちらかが死んで勝負が決する。
29分
すでに試合開始からそれだけ経った。
あと少しで無人兵器が投じられる。手にした自動小銃で無人兵器は破壊は出来ない。残弾も僅か10発。相手も似たようなもんだろう。だから膠着している。
殺し合いは難しい。
どれだけ戦っても確実に勝てる方法など存在しなかった。常にギリギリ。ギリギリ、勝ってきた。今日もどうなるか解らない。
ブザーが鳴り響いた。無人兵器が投じられる合図だ。
「無人兵器に察知されたら・・・終わりだ」
女は静かに動き出す。無人兵器よりも先に敵を殺すか。もしくは無人兵器に察知されずに相手が殺されるのを待つか。
殺人ゲームの終りは呆気ない。
無人兵器のセンサーは高性能だ。足音も逃さない。体温も察知する。この状況で人間が逃げ切る事は不可能だった。
女は静かに、冷静だった。耳を澄ます。相手の足音。無人兵器の音。見えない相手を探る方法はこれしか無いと解っている。
キュルルルル
微かな音。これは無人兵器だ。確実に近付いている。相手も近くに居るのか。それとも狙われているのが自分なのか。解らない。だが、危険な事は間違いが無い。
遠ざからないと。
女は常に冷静だった。こうした状況でパニックになった奴は成す術なく殺されるだけである。そんな敵を何度も見てきた。
「貰ったぁ!」
目の前に突如、現れたのは一人の禿げ頭の黒人だ。手に自動小銃を構えている。女は笑った。貰ったなどと言う前に撃てば良いのにと。だが、一瞬、遅れた事も確かだった。通路の途中で逃げる場所も無い。不利だった。
ドドドド
鋭い連射音。
咄嗟に地面に伏せた女の背後から聞こえた銃声は無人兵器の回転式銃身から放たれた物だ。それは男の身体を切断する程の銃撃を与えた。
「背後に居たのか・・・」
女は倒れたまま、間近に居た無人兵器を見上げた。多分、無人兵器の狙いは女だった。しかしながら、突如として姿を現した男と突如として伏せた女と比べた時により脅威と判定した男に狙いを変えたみたいだ。
こうして、女は今日も生き残った。彼女の主はまるで自分が勝ったように喜んでいる。この戦いには賭けも行われている。故に多額の賞金が主に入る。そのせいか、勝てば、彼女の待遇も良くなるのだった。
奴隷でも良い生活が送れる。それが奴隷達をよりコロシアムに向かわせるのだった。
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