ニチョケン
気分上々
市
俺の生きる世界の話をしよう。21世紀とはかなり違った複雑な世界になった。
何がよ? そんなこと言って、実はたいして何も変わってないんじゃねーの? なんて思う奴もいるだろう。
そんな奴らにむけて、安心しろと言うべきか、がっかりしろと言うべきか。とにかく大きく、しかもかなり変わった。
そう言われると、いいから早く言えよ、気になるだろ、なんて思う奴が大半だろう。
そんな奴らにむけて、俺は胸をはって大きな声で堂々と言おう。
ヘイヘイヘイ、焦るんじゃねえ。いいか。焦るな。じっくり、ゆっくり、わかりやすく、今から俺が説明してやるからよ。いいか。あせるんじゃねえ。あ、せ、る、ん、じゃ、ね、え。わかったな。
あんまり聞き分けの悪いお子様は、永遠の眠りんピックへといざなっちゃうよ。ふふふ。そうか。わからないか。眠りんピックの意味がわからないか?そうか。よし、いいか。わかるんじゃねえ。わかろうとするんじゃねえ。わからないほうがいい事だって世の中にはたくさんあるんだよ。人生ってのは、わからないまま進むしかないんだ。あれ、わからない? 俺の説明、理解できない? よし、まあいいや。わからないまま、そのままお前は死んでゆけ。
さて、話がそれちまったが、まず説明させてもらおう。これは未来の話だ。ずっとずっと未来の話。
西暦は、2507年。26世紀だ。あの、猫型ロボットが主人公のアニメの時代設定よりも、さらにもっと未来の話だ。
とはいえ、俺の生きる世界には猫型ロボットもいないし、タイムマシーンもない。
まず21世紀と比べて、何が変わったか。
人が増えた。
ありえないぐらいの人口増加だ。何だよその程度かよ、なんて思ってんじゃねえぞ。増えすぎたんだ。困るだろ、何でもかんでも「過ぎる」のは。飲みすぎても、食べすぎても、駄目だって怒られるだろ? それと同じだよ。人口が増えすぎても、駄目だって怒られるんだ。
猫の死骸に群がる蛆虫みたいに、人間が地球上にうじゃうじゃ発生しちゃったものだから、住む場所にも食べるものにも困っちゃうわけなんだよ。さあ困った困った。まいっちんぐマイッチング。このままじゃ、人間、絶滅するんじゃない? 人間どころか、地球やばくない? そんな意見が、世界中から沸きあがってくるわけなんだよ。
だから世界連盟の加盟国のお偉いさん方も、困った困った、まいっちんぐマイッチング、なんて言いながら会議のたびに頭を悩ませ続けたわけなんだよな。
お宅、なんかいい案ない? いやあ、中々ね、難しいよね。お宅は? いやあ私もさっぱり。そんなことより、昨日のあれ、見た? ああ、見た見た、面白いよね。何、あれって? アニメだよ、超人兄弟。超人健一君と健二君が、悪党どもをやっつけるやつ、すげえ面白いんだよ。へえ、そう。社会現象にまでなってるらしいよ。うそ、すごいじゃん。1回見たほうがいいよ。うん、絶対見たほうがいいよ、ガチで面白いから。うん、じゃあ世界連盟会議終わったらすぐ見るよ。それがいいね。うん。
なんて具合で会議を進めていくんだけど中々決まらないんだよ。そりゃそうだ。住む所も、食うものもこれ以上増やせないけど、住めない、食えない人間はどんどん増えていくわけなんだから。かといって人間の命は尊いから、減らすわけにもいかない。さあどうしよう、困った困った。まいっちんぐマイッチング。
で、だ。それで、どうしたか。住む場所、食い物は足りない。でも人間は増える。家畜のように問題があったからなどといった理由で、人間は減らせない。なぜなら、人間の命は尊いから。さあどうしようってなった時に、あるお偉いさんが言った。
「死刑、ガンガンやっていく方向で、いいんじゃない?」
世界連盟会議で発言されたその言葉に、世界中ががっつり喰いついた。
重犯罪を犯した者はもちろん、軽犯罪を犯した者まで。犯罪者全員が死刑になるという法律が、世界連盟の加盟国、197カ国全てで可決された。
万引き死刑、カツアゲ死刑、喧嘩死刑、脅迫死刑、といった具合だ。どんどん死ぬ。どんどん死んでいく。尊かった人間の命の値段は、ある日を境にお茶碗一杯のご飯以下にまで急降下していった。
もちろん、犯罪は増える。コンビニで万引きをして殺されるぐらいなら、店員を殺して金を奪うし、カツアゲして殺されるぐらいなら、殺してから金を奪う。殺される前に殺せ。そういった不穏な空気に世界中が支配されていく。
犯罪、死刑、犯罪、死刑、犯罪、犯罪、犯罪、死刑、犯罪、テロ、犯罪、死刑、犯罪。犯罪は日に日に激しさを増していく。
増えすぎた人口は、世界連盟会議出席者たちの思惑通りに、それ以上右肩上がりになることはなく、平行線をたどっていくようになった。しかし全て思惑通りに事が運ぶわけはない。
治安を守れない国の権力も急速に低下していった。クーデターがあちこちで勃発する。さあどうしよう。困った困った。まいっちんぐマイッチング。このままじゃ、国がつぶれちまうぞ。何とかしないと。反感を持った国民に内部から潰される。さあどうしよう。やばいやばい。そんなテンパイ気味なお偉いさんの脳みそが弾き出した答えは、いわゆる、トカゲの尻尾切りのようなものだった。
暴動を抑えることができなくなった日本政府は、他国と同様に[国家権力の都市集中]という形をとった。重要都市の暴動鎮圧、治安維持に国家の力を集中させ、その他の領土は一時的に見捨てるという形だ。結果、重要都市周辺の治安は回復にむかい、逆にそれ以外の日本の領土は無法地帯と化した。
重要都市周辺の治安がある程度回復にむかうと、国家は一時的に見放していた領土の治安回復に努めるようになった。
まあ、とはいえ、国だけの力じゃどうしようもないわけだ。国が地方都市の治安回復に努めようとした瞬間から、今度はまた重要都市の治安の悪化が始まった。さあどうしよう。困った困った。やはり領土の縮小を計らなければならないのかな。いやいやもったいない。せっかくの領土を手放すのはもったいない。じゃあどうしよう。というわけで、国のだした答えはこうだ。
[犯罪者の逮捕を、民間企業に委託する]
つまり、国家のみの特権だった犯罪の取締りが、民間企業でもできるようになったわけだ。
ある程度回復した重要都市の治安を民間企業が維持、国は、一度は見離した地方都市の領土復活、治安回復に精を出すことができるようになったわけだ。
そんなこんなで21世紀と26世紀、西暦2000年代と2507年の違いはわかったかな? うん? わからない? もっと詳しく教えてくれだって? 嫌だよ。面倒くせえから。大体わかっただろ? じゃあそれでいいんだよ。大体わかってりゃそれでオーケーだよ。俺だって大体しかわかってねえんだから。何でも詳しく知っている奴より、何となくしかわかってない奴の方が人生楽しそうだったりするだろ? だから、大体でいいの。大体さえもわかってない奴がいたら、もうそいつは最後まで何もわからないまま死んでいけ。それで万事解決だ。知らない方が幸せだ。
そんな西暦2507年で、俺は[始末屋]という有限会社を経営している。文字通りの仕事内容だ。犯罪者の取り締まりの権利を委託された数ある民間企業の中の1つだ。
[始末屋]は犯罪者を捕らえるのが目的ではなく、犯罪者を始末することが目的の会社だ。なぜなら、捕まえるより、始末するほうがはるかに簡単だからだ。だから俺は犯罪者を始末して、国から賞金をもらい、それで生活している。
俺には俺なりのこだわりがある。こだわりのない奴は駄目だ。男じゃない。かといって女でもない。なよなよ名与太郎だ。なよなよ名与太郎が何なのか、わからない奴が大半だろうが安心しろ。俺もわからない。
俺のこだわりはたくさんあるわけなんだが、その中の1つに武器がある。使用する武器にこだわりがある。銃刀法違犯なんて数百年前に撤廃されているから、今じゃ同業者や犯罪者にかかわらず年金暮らしのご老人から、パンツ丸見えミニスカートの女子高生まで、拳銃を所持している。スーパーマーケットの調味料を販売しているコーナーの横に拳銃販売コーナーが設けられているような状況だ。
俺のような犯罪取締り企業の連中が使う武器といったら、マシンガンから手榴弾、戦車にバズーカ、ミサイルまで多種多様、様々な武器を使用するわけなんだが、俺は違う。
俺が使用するのは、西暦2500年発売のリボルバー式の拳銃、2丁のみだ。何か特別な造りというわけではなく、一般の拳銃との違いは、打った瞬間のブレを抑えるために少々重く作られているといったところぐらいだ。殺傷能力に至っては、平凡の域を脱しないわけだが、とにかくかっこいい。洗練されたデザイン、漆黒の黒、鈍く光る金属の輝き。重い造りになっているので、拳銃とはいえ片手で撃つことは困難な使用になっているのだが、俺は片手で撃つ。
俺はリボルバーを片手で撃つための訓練として毎日腕立て伏せを1000回ぐらいやっている。というのは嘘だ。ごめん、嘘だ。たぶん100回ぐらいはやっている。数えてないから、たぶんとしか言えないんだが、本当に毎日やってるんだよ。
そんなリボルバー式の拳銃を2丁、俺は両脇のガンベルトに装備しているんだが、2丁同時にはめったに使わない。同時に使用するのは、極まれなことだ。じゃあ何で2丁持ってんの? しかも、片手で撃つ必要もないんじゃないの? などといった野暮な質問はやめてくれ。もちろん、かっこいいからに決まってんじゃねえか。スーツの下、両脇に装備された2丁の拳銃、素早く取り出し片手で撃つ。半端ねえ。超クール。な、そう思うだろ。な。かっこよくない?マジで。ガチで。かっこよくなくなくなくなくない?
ここまで語っておいてアレなんだが、自己紹介がまだだった。ごめんね。俺は、ニチョケンという名前で呼ばれている。犯罪者からも一般人からも同業者からも、ニチョケンと呼ばれている。俺が、なぜニチョケンと呼ばれているか。それは秘密だ。あっ、わかった。2丁拳銃だからだろ?だから略してニチョケンだろ?と思った奴は死ね。今すぐ死ね。いや、嘘だからね。死ななくていいからね。ごめんね、嘘ついて。反省はしてないけどね。まあ俺がニチョケンと呼ばれている理由は、後々わかることとして、とにかく、そろそろ始まるよ。何がって?俺のデンジャラスな日々の始まりに決まってんだろ。いちいちつっかかるなよ。面倒くせえだろ。
というわけで、さあ、始まり始まりだ。
「あああああああああああああああああああっ。ぬあああああああ」
はあ。声出しすぎて疲れちゃったよ。うん? 一体、ニチョケンは何してるんだって?何もしてねえよ。寝起きだよ。寝起き。夜寝て、朝を通り越して昼に目覚めた所だよ。ベッドの横の目覚まし時計は、12時32分だよ。寝る子は育つっていうけど、これ以上育っても仕方ないよね。一応、俺、成人男性だし。
今日は平日だし、仕事も休みじゃないけど休んでるんだよ。だって眠いもん。
昨日、遅くまで飲んでたんだもん。それに自営業だし、なんと言っても仕事内容が犯罪者の始末だから、始末する相手がいないと仕事になんないだろ。
だからスズッチに頑張ってもらって犯罪者を見つけてきてもらわないと、俺、することないんだわ。事務所にそろそろ顔を出しにいこうかなと思ってはいるんだけど、思ってるだけだよ。まだベッドの中でゴロゴロしてるんだよ。その辺のニートより俺のほうがよっぽどニートだよ。
さあ、でもさすがにそろそろ行こうかな。いや、やっぱ面倒くせえな。でも行かないと。いや面倒くさい。いや行く。行かない。行く。行かない。行く。行かない。よし、決めた。
行かない。
今日は今から赤ワイン飲みながら、鳥を料理して食べる。決定。
今日の予定が決定したので、俺は素早くベッドから起き上がりシャワーを浴びるために風呂にむかおうとするが、案の定、携帯電話が鳴ったのでもう一度寝室に戻ってベッドの横に置いてあった携帯電話を取った。着信は、スズッチからだった。タイミングが悪いんだよなと思いながら、通話ボタンを押す。
「オッス、おらニチョケン。今日は…」「駄目ですよニチョケンさん」
オッス、おらニチョケン、今日は休みてえんだ。と言おうとしたんだけど、全部言う前にスズッチに止められちゃったよ。
「まだ、何も言ってないじゃん」
「休もうとしてるんでしょ」スズッチは、何でもお見通しだ。
「ばっ。スズッチさあ、あんまりふざけたこと言わないでよ。俺が休むわけないだろ。あんまりふざけたこと言ってると始末しちゃうよ」
「いや、始末しないでください」
うん。普通のリアクション。
「始末しないけどさあ、始末しない代わりに休んでもいい?」
「駄目です」「いいでしょ」「駄目」「いいじゃん」「駄目」「どうしても?」「駄目」「駄目?」「駄目」うーん。どうやら、休んじゃ駄目みたい。
「じゃあさ、スズッチ。そんだけ強気で言うってことは、犯罪者、見つかったの?」
「見つかりました」
「大物?」
「小物です」
「小物かあ。まあいいや、しょうがない。後5時間後に事務所向かうからさ。それから始末しに行くよ」
「駄目です」「何が?」「5時間後が」「何で?」「遅いから」「駄目?」「駄目です」
「わかったよ。じゃあ、今から準備していくよ」
「はい。お待ちしています」
「あのさスズッチ」
「はい。何でしょう」
「前から言ってるけど、お前、ちょっと固いよ」
「はい。すいません」
「いや、謝らなくてもいいんだけどさ。もうちょっと緩くいかないと。人生、しんどいよ?大丈夫?元気?元気だしなよ。元気があれば、何でもできるって、大昔の偉い人が言ってたよ」
「はい。すいません。元気はあるつもりなんですが」
「じゃ、ちょっと言ってみ?元気があれば何でもできるって、言ってみ?」
「元気があれば何でもできる」
「駄目だ。棒読みじゃ。それじゃ元気でねえよ。でもまあいいや。どうでもいいや。スズッチの物真似が上手いか下手かなんて、俺の人生において、何の意味もないし。とりあえず今から行くから。ちょっと待っててね」
電話を切ると、シャワーを浴びてドライヤーで髪を乾かしてお気に入りのイタリアブランドのベージュのスーツを着て両脇のガンベルトにリボルバー式の拳銃を装着させて事務所へとむかった。
事務所までは、赤い色の高級車でむかった。スポーツカータイプのペガサスのマークがついているやつだ。
始末屋の仕事は、儲かる。
凶悪犯罪者たちとの血で血を洗うような戦いの日々を送るわけだから当然といえば当然だ。そして俺は優秀だから犯罪者たちをバンバン始末してバンバン儲けている。
従業員はスズッチ一人だけだし、スズッチの給料は月給20万しか払っていないから、その他諸経費を引いた残りの全てが俺の手取りになるわけなんだよ。まったく、坊主丸儲けだよ。違うか、始末屋丸儲けだな。まあ、趣旨が違う気がするけどどうでもいいや。
時速180キロですっ飛ばして到着した事務所は、いつもながら古臭く、灰色で、棺桶に片足を突っ込んだ爺さんのような雰囲気を醸し出している50階建てのビルの37階にあった。婆さんや、婆さん、トイレに行きたいんじゃが。おお、爺さんや、そこはトイレじゃなくて棺桶じゃないか。勘弁しておくれよまったく。といった日常会話のくだりを連想させる建物だ。
相変わらず棺桶に片足突っ込んでるよなあ、とぼやきながらエレベーターに乗り37階に到着すると、真っ直ぐ伸びた廊下を進み、一番奥の右の扉をコンコンとノックしてから返事も待たずに開けて「こんちゃーす」と大きな声で挨拶をした。
25畳ほどの広々とした空間の真ん中に、事務机が2つ置いている。質素というか、閑散としているというか、殺風景な造りになっている。色々とお洒落に飾ってもいいんだけど、俺、事務所にあんまりいないからね。自宅にいることのほうが多いからさ。事務所にお金を使うくらいなら自宅のソファ買っちゃうよね。
てことで、真ん中に置かれた1つの事務机にスズッチが座っていた。
スズッチは、なんというか、普通の奴だ。いたって普通。何の変哲もない目に鼻、口を備えた顔は一目見ただけじゃ憶えられない。普通のスーツに普通の革靴、普通の背丈に普通の体格。そして名前は鈴木。俺がスズッチのことを初めて「スズッチ」と呼んだときに(何だよ、スズッチって俺の事かよ)みたいな空気を醸し出して「私はスズッチではなく鈴木ですが」と普通のリアクションをした男。普通すぎて異常な男、それがスズッチだ。
「お疲れ様です。ニチョケンさん」
「お疲れっち。スズッチ」
「電話での件なんですが」
「うん」
「今回見つけた犯罪者の名前は、三田国男。49歳。わかっているだけで30人を殺しています。被害者は一般人が大半を占めています。使用する武器は主にショットガンですね。散弾銃を使うことが多いようです。それと、始末した際に国から支払われる賞金は100万円になります」
「ま、ま、まじかよバナナ」
「ええ、マジです」
「バカだなあ、スズッチは、バナナといったら、すべる、だろ。スズッチがちゃんとリアクションしてくれないから、俺がすべったみたいな空気になっちゃったじゃん」
「すいません」
「すいませんじゃすみません」
「本当にすいません」
「本当にすいませんじゃすみません」
「……」「……」
「……」「……」
「今から三田国男の居場所まで案内しますので」
「へいへい。よろしくどーぞ」
スズッチが運転する軽自動車の助手席で揺られる。
「なあ」と口を開いたのは俺だ。「賞金100万円は、ちょっと少ないよな」と、スズッチの仕事ぶりに対しての不満を口にする。
始末屋での仕事は、完全な分担作業になっている。始末する犯人を見つけるのは、スズッチの役割。見つけた犯人を始末するのは、俺の役割。始末した犯人の後始末はスズッチ。賞金受け取りの手続きはスズッチ。会社の事務、経理もスズッチ。事務所の掃除もスズッチ。車の運転もスズッチ。始末以外、全てスズッチ。
ちなみに、スズッチを雇った際に俺はこう言った。賞金500万円以上の犯罪者以外、始末しないから、それ以上の犯罪者を見つけてきてね、と。スズッチは、今回約束を破ったことになる。
「すいません」とスズッチは謝ってくるが、目に反省の色はない。イラっとしたので、左手を掴んでしっぺをしてやると、スズッチは「痛いのでやめてください」と、普通のことを言った。
15分ほど揺られると「ここが、三田国男の自宅になります」と言いながら、スズッチは車を止めた。「三田国男は、一人暮らしになります。今現在、この家には三田国男以外の人影はありません。第三者の存在は気にせずに始末してください」
「りょーかい」と答えて、ドアを開ける。
「あの、ニチョケンさん」
「うん。何?」
「防弾チョッキは?」
「防弾チョッキねえ。あれ、かっこ悪くね?」
「そうですね」
「じゃ、行ってきまーす」
「いってらっしゃい」
そこは、26世紀には珍しい二階建ての一軒家だった。黒くすすけたような木造の造りで、窓のガラスは黄色く汚れており、建物を覆うように蔦が絡まっている。甲子園じゃないんだから。と、突っ込んであげたくなるような風情だ。全体を見渡しても人が住んでいるような気配はない。こんなところに住んでいるなんて。三田国男さんはさすが犯罪者だね。エキセントリックだ。
とりあえず引き戸の玄関を、がしゃんがしゃんとノックをして「ごめんくださーい」と大きな声で叫んでみたが、返事はなし。返事しろよな。来客だぞ俺は。
もう一度、がしゃんがしゃんとやってみるが、反応はない。何の音沙汰もない。
待っていても仕方ないので引き戸のドアを引くと、どうやら鍵はかかっていなかったようでからからと開いた。無用心だなと思い、戸締りは気をつけましょうねと注意してやろうと思ったがやめた。だって相手は犯罪者だし、今から俺が始末するんだから戸締りは必要ないよね。
少し広めの玄関。右側に下駄箱があり、下駄箱の上に昭和の香りのする木製の熊の置物がある。正面を見る。右手に真っ直ぐ2階へ伸びる階段があり、左手に真っ直ぐ奥へ進む廊下がある。
どうしようかなと少し悩んだあげくに、1階から調べていくことにした。俺は廊下を奥へと進む。靴は脱がない。土足で進む。廊下が汚れても関係ないよね。どうせ家主はもうすぐ始末されるんだから。
廊下を真っ直ぐ進むと、突き当たったところに茶の間があり、そこに三田国男はいた。
茶の間は、正方形の8畳くらいの畳の和室で、丸い茶色のテーブルが真ん中に、部屋の角にブラウン管のテレビが置いてある。ディテールが昭和。もう芸術の枠に達している。
俺はヅカヅカと茶の間に侵入する。三田国男は食事中だった。俺と目が合うと、納豆を混ぜていた手を止めて俺のほうに顔を向ける。
しかし、三田国男、三田だからサンちゃんと呼ぶことにしよう。サンちゃんは個性的だな。顔は何処にでもいそうな50歳前後の顔立ちだけど、ファッションが……。黒のスラックスに、白のタンクトップ、そして何故か肌色の腹巻きをしている。サンちゃん、暑いの? 寒いの? 暑いのなら腹巻きはしないほうがいいよ。寒いのなら長袖を着たほうがいいよ。そのスタイルは、俺には理解不能だよ。
「どうもお邪魔してます」と、俺が軽い会釈をすると、サンちゃんも「ああ、どうも」と座ったまま頭を下げた。
「あなたは、サンちゃんで間違いないですか?」丁寧に、穏やかに喋る。
「ええと、私は三田国男という名前ですので、サンちゃんと言われればサンちゃんかなという気がしないでもないです」
「それはよかった。探していた人に間違いないみたいです」
「あのう」と、訝しそうな目をサンちゃんは俺にむける。「あなたとは初対面だと思うのですが、どういったご用件でしょうか?」
ああ、なるほど。俺まだ名乗ってなかったね。いつも自己紹介が遅れて困るんだよ。気をつけないとね。
「ええと、僕はみんなからニチョケンと呼ばれている者です」
サンちゃんは少し考える仕草をする。そして、「あ」の口をして、俺のほうを見ている目が見開かれた。
「ニチョケンさん、あの噂の」
「ええ。その噂の」
「じゃあ、もしかして、今日は、私の始末にこられたのでしょうか?」
「その通りです」
なるほどなるほど、へえ、そう、あの噂の、始末屋の、へえ、そう。サンちゃんはぶつぶつ呟きながらゆっくりとテーブルの下に手をやる。そしてそこからのサンちゃんの動きは早かった。
テーブルの下から手を上げると、そこにはショットガンが握られていて、素早く照準を俺に合わせると引き金をひいてぶっ放す。
ダン。と、音が鳴る。
俺は下にかがんで間一髪、避けた。目をサンちゃんにむける。サンちゃんは、早くも俺をロックオンしている。賞金100万円のくせに、中々手際がいい。
ダン。ぶっ放してくる。
横っ飛びで、これもよける。サンちゃんは攻撃から攻撃までの手際がよく、戦い慣れしている印象を受ける。これはまずい。やばいやばい。部屋も狭く、今のままでは反撃どころではない。俺はとりあえず茶の間から脱出した。
ダッシュで今来た廊下を通り過ぎて、玄関の引き戸をガラガラと開けて、外には出ずにもう一度引き戸をガラガラと閉める。振り返り、左手にある階段を二段だけ上り、四段目に腰を下ろす。階段は、隣の廊下側に手すりの高さで仕切っている。なので、廊下から俺の後を追ってくるサンちゃんには、階段にいる俺の姿を確認するのは不可能だ。もちろん俺の位置からも廊下は見えないんだけどね。
階段に俺が腰を下ろしてから、約5分。それがサンちゃんが現れるまでにかかった時間だ。遅い。遅すぎるよサンちゃん。さては、サンちゃん、食べかけの納豆を食ってたな。もう、もっとちゃんと殺し合いをしてくれないと。困っちゃうよね。こっちは仕事なんだからさ。
目では確認できないが、現在、サンちゃんは、廊下を忍び足で進んでいるようだ。慎重に、慎重に。すり足で、音を立てずに、気配を殺しながら進んでいる。
そこで俺は、あれれ?と思ってしまう。あれれれ?予定が違うぞ。これはおかしいぞ、と少し混乱する。
さっき俺は、玄関の引き戸をガラガラと開けてすぐに閉めたから、そのガラガラという音を茶の間で聞いていたサンちゃんは、俺が玄関を開けて外に出て行ったと思うはずだよね? だからサンちゃんは急いで俺を追いかけて外に行こうとするはずだろ? そこで階段に隠れていた俺が、後ろからサンちゃんを、パン、で一件落着のはずなのに。おかしいな。おかしいよな。俺の作戦は完璧だったのに。
あっ、そうか。サンちゃん、納豆を食うのに必死だったから、玄関のガラガラって音、聞こえてないんだ。これはちょっとまずいよね。しかも俺、玄関閉めちゃった。サンちゃんは間違いなく俺が家の中にいると思っているよね。やっちゃった。これはひどい。俺って意外とドジかもね。まあ、そんな俺もプリティだけどね。
さて、どうしようかなっと。サンちゃんは俺が家にいると思っているはずだから、間違いなく廊下を進んだ後は二階を探しに行くだろうな。そうなったらまずいよな。階段にいる俺と、ばったり運命の再会じゃん。
「あ、こんにちは」
「あ、どうも、こんにちは。こんなところにいたんですね」
「はい。実は…」サンちゃんに見つかっちゃったよ。
「ばったり運命の再会ですね」
「そうですね」
サンちゃんも、ばったり運命の再会だって言ってるよ。意外と俺たち、気が合うのかもね。でも、俺は腹巻しないからね。
「動くな」と、力強い声でサンちゃんが言った。気持ち良さそうな顔をしている。俺の胸のあたりに散弾銃の照準を合わしている。
チェックメイト。そう思ってるんだろうな。いや王手、かな。サンちゃんの顔が得意げだ。もうこれ以上気持ち良さそうな顔はできないってぐらいに気持ち良さげな顔をしている。なんとも間抜け面だ。
さあ、俺、ピンチだ。ピンチ。ピンチ。どうしようかな。まいっちんぐマイッチング。まあ、それほどまいってもないんだけどね。
「詰んじゃいましたね」サンちゃんが言う。
「詰んでませんよ」俺は笑った。
「そうですか」
「そうですよ」
「では、さようなら」
ダン、と大きな音が鳴る。
銃口からぶっ放された無数の銃弾は、階段の四段目に大きな穴を空けた。ぼろぼろと木屑が舞っている。
「はい、そのまま」
俺は、銃口をサンちゃんの後頭部に押し付けて、言った。
あら、あれれ。あれれのれ? どうしてニチョケン死んでないの? ショットガンぶっ放されたのに、何で生きてんの? そう思っただろ。ヘイヘイ。死ぬかよ。俺、ニチョケンだよ。嵐の中を素足でスケボーに乗るような危険な野蛮人、ニチョケンだよ。この程度で死ぬわけないっつうの。じゃあ、どうやって逃げたんだって? はいはい、焦んな焦んな。焦るんじゃねえよ。今から説明してやるからよ。
ダン、とサンちゃんがショットガンをぶっ放した瞬間に、俺は座ったままの状態でジャンプして、サンちゃんを飛び越えてサンちゃんの背後に回り込んだってわけだ。で、今は銃口をサンちゃんの後頭部に押しつけてる状態なんだよ。いやあしかし俺、なんというジャンプ力。なんという跳躍力。俺、やばくね? 俺、やばくね? ガチですごくね?
いや、無理っしょ? 座ったままでそんなジャンプ、できるわけないっしょ? なんて思った奴、おまえバカ? ねえ、バカ?
俺、すごいんだよ。無理なことなんてないんだよ。近い将来、富士山の麓から頂上までを俺はダッシュで、しかも約五秒で登るだろうよ。いや、無理だけどね。例えだよ例え。比喩ってやつだ。いちいち真に受けるんじゃねえっての。富士山を五秒でダッシュなんてできるわけねえじゃん。冗談をいちいち真に受けてたら、人生苦労するよ。話半分ぐらいで聞いとかないと。ね。話三分の一ぐらいでもいいよ。俺なんて人の話をまともに聞いたこともないよ。でもいいの。それで元気に生きてるんだから、いいの。万事オッケー。地球は今日も無事に回転してますよ。ヘイヘイ。
さあ、そんな感じで、今はサンちゃんだ。しょうもない話してる場合じゃないっての。俺は忙しい。サンちゃんの始末に忙しいんだよ。
「ごめんなさい。許してください」
サンちゃんが、震えた声で言った。
どうやらサンちゃんは恐怖におののいているようで、ぶるぶると、体が細かく振動している。サンちゃん、バイブレータじゃないんだから。
俺としてはサンちゃんに命乞いなんかして欲しくなかったので、少し残念な気分だ。
せっかく個性的なファッションをしてるんだから、「そんなバナナ」だとか、ファンタスティックな言葉で驚きを表現してほしかったよ。さて、どうしようかな。許してくださいって言われても、許すわけないよな。
銃口の感触を、後頭部で感じているサンちゃんは、ガタガタと震えているものの、微動だにしない。当たり前だ。動くと、俺が撃っちゃうからね。さあ、どうしようかな。このまま始末しちゃってもいいんだけど、でもそれじゃつまんないよね。なんてことをぼんやり考えていると、サンちゃんは、いきなり行動を起こした。
サンちゃんは素早く振り返り、後頭部に押さえつけていた拳銃を叩き落とした。ぼうっとしていた俺は、反応が遅れてしまい、サンちゃんにされるがまま、拳銃を落としてしまった。サンちゃんは、今がチャンスだと言わんばかりにショットガンを俺に向けて構えようとする。
「はい、そのまま」
そう言ったのは、俺だ。
ガンベルトに装備してあったもう一丁のリボルバーを抜くと、サンちゃんがショットガンを構えるよりも速く、拳銃をサンちゃんの眉間に突き付けた。サンちゃんの動きが止まる。サンちゃんは、いたずらが見つかった中学二年生の男子みたいな、やりきれない顔をした。
「実は僕、拳銃を二丁持ってるんです」
「ああ、そうなんですか」
ちがうよ、サンちゃん。そこで、「そんなバナナ」だよ。しつこいようだけど、それぐらい言ってもらわないと。こっちも命懸けなんだし。ね。ちゃんとやってくれよ。
「ちゃちゃちゃん、ちゃんちゃんちゃんちゃーん。はい。ここでクイズ、ターイム」
「はあ」と間の抜けた返事をするサンちゃんを無視して、俺は続ける。
「ねえサンちゃん」
「はい。何でしょう」
「俺の名前は?」
「え?」
「だから、俺の名前」
「ニチョケン、さん、でしょうか」
「ピンポーン。ピンポンピンポン」
陽気な声を張り上げながらも、銃口はサンちゃんの眉間をとらえて離さない。
「では、ここでクイズです。どうして俺は、みんなからニチョケンと呼ばれているでしょうか? 正解すると見逃してあげるよ」
「ほ、ほ、本当ですか」サンちゃんの目が、輝きだした。
「うん。ほんと」
輝いた目を剥きだしたサンちゃんは、目線を右に左に一生懸命に動かして考えだした。
「あ、でも、回答は一回だけだからね。よく考えて答えてね」
必死さを顔で表現したサンちゃんは、汗を滲ませながら必死に考えている。失敗ができない。その恐怖に怯え、歪んだ表情は、中々に見所がある。鼻の穴が大きく拡がるところや、体が硬直してしまって動けなくなっている様は、情緒があって興味深い。が。が、しかし、だ。俺、飽きてきちゃった。サンちゃん見てても、あんまりおもしろくないよね。いくら汗を流しても、腹巻していても、サンちゃん真面目だし、つまんないよね。
「チッチッチッチッチ……」
俺は、時計の秒針の動く音を真似て声にした。つまりは、急げ、そういう意味だ。
サンちゃんの顔が、みるみる青ざめていく。はあ、はあ、と呼吸が荒くなっていく。こうなってくると、もう、サンちゃんは変態にしか見えない。何かスケベな妄想をして興奮しているおっさん。うん、つまり、変態。
「サンちゃん、そろそろタイムリミットだよ」
俺の言葉を聞いて、サンちゃんの目が、ギラッと剥き出しになる。しかし、それでも答えない。もう何やってんだよ。ヘイヘイ。ヘイヘイ。
「じゃあ、もうタイムリミッ」「拳銃を二丁持ってるからっ」
俺の言葉を遮って、サンちゃんが答えた。五十メートル先まで聞こえそうな程の大声だ。自信満々なのだろう。にやっと頬が吊り上った。
「ブッブーはずれ」
「おっ、えっ。うそ? マジ?」びっくりするサンちゃん。目が飛び出そうだ。
「本当」
がっくり肩を落として悲しみを表現するサンちゃん。
「ちなみに正解は」と俺が話し始めると、サンちゃんはうんうんと首を振りながら、がっつりと話に食いついてきた。そりゃそうだ。だってサンちゃんは、自分の命が懸かってるんだから。そりゃ必死にもなるよね。
「正解は、あの超人気アニメ、超人兄弟の主人公、超人健一君と超人健二君よりも、もっと俺の方が超人だからです。」
俺の答えについて、真剣に考えるサンちゃん。
「二、超、健ってこと?」
「うん」
「本当に?」訝しそうな目線だ。
「ごめん。うそ」
サンちゃんの口が大きく開いた。ええっと声にならない声が聞こえてきた気がした。
パン。と乾いた銃声が響きわたる。はい。これにて任務終了です。バイバイ。
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