ずれた隙間に巣食うは闇

双葉使用

初日

チャイムが鳴る。終業の合図。校門は、五分もすれば高校生で溢れる。そんな時間。

数学の女教師である私は、名前を 八塚やつか しずという。

教師ではあるが、実は生徒と付き合っている。絶対の秘密である。

……しかし遅い。私たちが逢瀬出来るのは、人と人が混ざりあうこの10分間だけだ。だから、私たちはいつも端にある空き教室で待ち合わせをする。

1分。3分。今日は来ないのだろうか?と寂しい気持ちでいると、不意に電話がかかった。

佐藤さとう 友香子ゆかこ 生徒 2年二組

そこには、うっかり他人に見られても問題ないように、硬い文面で書いた彼女の名前があった。彼女の案だ。

私が電話に出ると、すごく潜めた、しかしホッとした声で友香子が話し出した。

「静せんせぇ……良かった……やっと通じた……怖かった……えぐっ……」

泣いているのか、鼻水をすする音も聞こえる。

「ど、どうしたの?ゆかちゃん?今どこ?大丈夫?」

「驚かないで……大きな声もダメ……」

「わかった。大丈夫だから。話せる?」

すぐに迎えに行けるように準備をしながらも、囁き一つ聞き逃すまいと耳に集中する。

「い、今は多分……三階の、東トイレにいると思う……女子トイレ……。でもなんか、変な、目とか耳とかを適当に張り付けた気持ち悪いのが蠢いてるの……黒くて、奇声をあげたりもするの……今はいないけど、怖い……」

「へ、変なの?」

「うん……お化けみたいな、そんなの……」

「わかった。今から向かうから、安心して。」

空き教室からでて階段に向かう。変なのとはなんだろうか?いつも冷静で知恵の回る彼女が、そんな嘘を吐くだろうか?……いや、嘘であってほしい。きっと紙が無いとか、そんな感じでからかっているのだ。


件のトイレについた。恐る恐る中を覗きこむも、なんにもいない。人の気配すらない。足音に気を配りながら、個室のドアが全て開いていることを確認した。

「静先生?ついた?」

「うん。どこにいるの?」

「洗面台のところだよ……?先生?どこにいるの?」

「……え?」

いない。見回すけど、いない。男子トイレにも、いない。

「先生?どこぉ……?」

背筋がゾッとした。

「……本当に、トイレではあるんだよね?」

「ヒッ!また来た……奥の個室に入るから。」

「来たの?お化け?こっちには何も──」

と言おうとして、鍵の閉まる音が聞こえた。

「え──」

ごくりと唾を飲み込む。女子トイレの、一番奥の個室の、ドアが、しまっていた。

「う、嘘……」

「どうしたの……?静先生?」

私は持っていた携帯を取り落とし、震える手つきで、静かに閉まったドアをノックした。ドアはしっかりと鍵がかかっており、返事はなかった。

「ゆ、ゆかちゃん。降参だから、出で来て……?」

声は帰ってこない。音と言えば、携帯越しに私の安否を心配する友香子の小さな声だけだ。


学校じゅうのトイレというトイレを探し回るも、どこにも友香子は居なかった。私は校長に相談し、生徒と入れ違いになるように警備の方にも来てもらった。でもダメだった。

一つわかったことがあり、あのトイレのドアの鍵を外から外すと、友香子の方でも外れるという事だった。他のところでも試したが、どうやらドアの開閉などは友香子のいる世界と共通しているようだ。

「しかし、これは一体…………?」

親御さんにどうやって説明したものかと、他の先生方と会議をした。が、結局まとまらないまま、完全に夜になってしまった。そのまま話すしかなかった。きっと明日には乗り込んでくるだろう。当然だ。

私を含めて、どいつもこいつもこんな時間をかけてなんにも出来なかった。暗い空に、欠けはじめて暫く経つ月が輝いている。

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