第15話 続?毎年恒例嫌な時期




 朝からとんでもなく嫌な気分にさせられたけど、まぁそれも良いだろう。別にこの時期が嫌な事だらけじゃないってのも知っている。例えば、


「ふぁー、やっぱこの天気は最高だな」


 日差しが優しく、風が心地良い。お昼休みのその天気はまさしく昼寝に最適。お腹も膨れたし、ゆっくりと日々のストレスを昇華しよう。


 そんな俺が向かうのは決まって体育館裏。静かで滅多に人の来ないこの場所は恰好の昼寝スポット。そんな場所を1年の時に見つけてからは、大体の昼休みはそこで過ごしている。


 アラームはOKだな? あとは……


「あっ、ごめんね」


 そこを曲がればいつもの体育館裏。そんな状況で聞こえてきた男の声。


 ん? あちゃー先客かよ? ほぼほぼ人と遭遇する事なんてなかったのに。

 そんな落胆する俺を尻目に、その先客はどこか緊張した感じで、


「こんな所に呼び出しちゃったりして」


 続けざまに声を吐き出す。

 そのちょっとした緊張感が醸し出ている中、流石の俺だって察しない訳はない。


 マジか? 先客だけでも珍しいのに、これはもしかして……告白の現場か!?

 人生の中でも遭遇出来る事の方が珍しいシチュエーション。本来ならどんなもんかと胸が踊るように好奇心で満ち溢れていただろう。しかしながら、今日はタイミングが悪かった。


 ふ、ふ、ふざけんじゃねぇよぉ!

 あのな? ただでさえ朝の! しかも後輩のイチャラブ現場目の当たりにしてこっちの精神はボロボロ! 痛恨の一撃くらってんの!

 しかも何かぁ? わざわざこんなところに呼び出して、恋愛漫画みたいな事するって事は、内心ほぼほぼOKの返事貰えるって自信あるからだろ?


 当たり前だよなぁ。こんな恥ずかしい事してノーサンキューなんて言われた日にゃ、恥ずかしさ通り越して消えて無くなりたくなるだろ。俺だったらそうだね。つまり告白OK、手を繋ぐ、照れるように笑い合う。その流れが想像できてんだろうね! あぁーあぁー、


 これだから不穏分子予備軍は嫌い……


「そんな事ないですよ。先輩」


 ん? この声って……


 これから大勝負と言う名の消化試合に挑む不穏分子予備男。そのフニャけた根性に、これでもかと放つ怒りと憎しみ。だけどそれは、その相手の声ですっと消えたのかもしれない。だってさ?


 磐上さんじゃね?


 その相手はおそらく自分の知っている人。しかも学校トップクラスの人物だったんだから。


「それで……用事ってなんでしょう?」


 うわっ、間違いない。磐上さんじゃん! おいおい、こりゃとんでもないところに出くわしたのか?


「実はさ、磐上さんに話したい事あって」


 はい確定っ! こりゃやっぱり告白。高嶺の花美少女エリート争奪戦の現場だよ。あぁ、仮に他の生徒の現場だったらそこまで気にはならないんだけど、磐上さんが関わるとなると……気になるじゃん? なんかゴシップ記事に興奮するマダム達の気持ちが今なら凄く分かるもん。だとしたら……


 その瞬間、俺は音も無く体育館の外壁に背中を合わせると、ジワリジワリとその曲がり角に近付いて行く。音を出さずに行動するのがここまで緊張する物なのか、気分はもう某ステルスアクションゲームの主人公そのものだ。そして、その時は訪れる。


 きたぞ? ゆっくり、ゆっくり。少しだけ顔を覗いて……見えたっ!

 壁の横から、少しずつ見えてくる人影。次第にハッキリとしてきたそれは、やはり俺の予想通りだった。


 やっぱり磐上さんか。して? お相手は一体?

 磐上さんの対面に立って居るのは、緩いパーマのミディアムヘア。そしてキリっとした目元。その気になるお相手は、なんとなく見た事のある顔だった。


 あれ? もしかしてあの人、テニス部のキャプテンじゃね?


「改まってらしくないですよ? 諏訪先輩」


 やっぱり! テニス部キャプテン諏訪大和すわやまと。黒前高校イケメンランキングトップ5に名を連ねる有名人じゃないか。去年の文化祭でもステージに上がってるから、2・3年で知らない人は居ないんじゃないか? 確かにイケメン度では下平先輩に劣るものの……悔しいけど俺よりは圧倒的にイケメンだ。


「ははっ、そうかもしれないね」


 でもさ、テニス部キャプテンだよな? 磐上さんもテニス部だよな? いいのか? 春季大会前だよ? もし断られたら気まずくね? 変な感じにならない……はっ! もしかして、


「あのさ磐上さん。俺遠回しに言うのは苦手だから……ストレートに言うね?」


 磐上さんにアピールし続けた結果、


「俺、磐上さんの事が好きなんだ。付き合ってくれないか?」


 確実に落とせると判断した上での告白かっ!


「えっ?」


 そこまで入念に準備してきたというのか諏訪大和。しかしながら顔面偏差値的には……悔しいけど釣り合ってるんだよな。そして、肝心の磐上さんはどうなんだ? 部活の先輩でもあり、イケメン諏訪。その胸中は!?


「諏訪……先輩」


 驚いた顔はそのまま。さあ磐上さんどっちなんだ!?


「ごめんなさいっ!」


 出たー! まさかのお断りだぁ!


「そっ、そっか! ごめんね? 変な事言っちゃって」


 さすがの諏訪にも焦りの色が見えるぞ? さぞかし恥ずかしかろう、さぞかし動揺してるであろう。だが、そんな姿を見ているとなんかテンション上がって来たぞ。不穏分子の発生が防がれたのだからなぁ!


「ごめんなさい。先輩の気持ちは嬉しいんですけど……」

「気にしないでよ。……もしかして他に好きな人居るとか?」


 ん? その点については俺は元より全生徒が気になる部分だぞ? けど、安易に答えたら……


「はい……」


 って答えたぁ! いいの? もし諏訪が誰かにしゃべったら、明日には全校生徒に広まっちゃうよ?


「なるほどなぁ、なんか本当ごめん。今のは全部忘れてよっ。そんでさ? 大会まで練習頑張ろうぜっ!」

「本当にすいません」

「いいっていいって、それじゃ俺行くわ。放課後部活でっ!」


 はぁ、颯爽と居なくなったなぁ。居ても立ってもってところだろう、気持ちは分からなくもない。しかしそんな事より、心の中でガッツポーズしてる俺はやはり最低な人間なんだろうなぁ。


「ふぅ」


 なんか磐上さんさんも一仕事終えたって感じかな? まぁこういう機会、磐上さんなら結構経験してるだろうしね。っと、そんな事言ってる内に覗き魔もとっとと退散しようかな? 磐上さん校庭側から来たよな? じゃあ俺は中庭経由で、来た道戻りますか。


 こうして覗き魔は静かにその場を後に……


 テテテッ、テレッテレー


 できなかった。


 スマホから流れる某RPGのレベルアップのSE。恥ずかしながらそれは、自らのアラーム音で間違いない。


 なぜだ? なぜこの時間に? 設定時刻はもっと後のはずだぞ?

 しかしそんな疑問もあっと言う間に消え去ってしまう。というより考える時間さえなかった。


「だっ、誰?」


 気付いた時には既に、磐上さんと目が合っていたんだから。


「晴下君?」


 ヤバイ! 完全に目が合ってます。どどどどうする? いやいや、どうする事も出来ないだろう。ここは正直に……


「えっと……こんにちは」


 自分のバカっ! こんにちはってなんだよ!


「もしかして……見てた?」

「まぁ」

「まじかぁ。恥ずかしいな」


 ん? 意外と普通に会話出来てる? はっ! そうか、むしろ動揺してるのは磐上さんも一緒なのでは? なるほど、だったらこっちが変に改まる必要もないかな? てか、さすがにもう隠れてなくてもいいよな? 姿見せても良いよな? よいしょっと。


「いいの? テニス部のキャプテンだよね?」

「うん。だから返事に困っちゃったよ」

「でも他に好きな人居るなら仕方ないんじゃない?」

「あぁ、あれさ……嘘なんだ」


 嘘かぁい!


「そうなの?」

「うん。なるべく先輩傷付けないように断るには、そう言った方が諦めつくのかなって」


 ははぁ、言われてみれば一理ある。でも諏訪が広めたらどうすんだ? 磐上彩音! 好きな人が居る! って噂になるよ?


「もし諏訪先輩が広めたら?」

「大丈夫だよ。先輩はそんな事しないって。それに私のそんな噂話面白くも何ともないじゃない?」


 いやいや、あんた自分の影響力舐めてるよ。


「ところで、晴下君はどうしてここに?」

「昼休みはいつもここで昼寝してるんだ」


 たまぁに今日みたいな感じで先客いますけどね?


「そうなの? でもさ、ここって良い場所だね? 部活の時は立ち止まってゆっくり周り見る事なかったけどさ?」


 まぁ、落ち着く場所ではあるよ。


「程良い木陰で、風通しも良いし、目の前の屋外プールも今は使ってないから、人が来ないもんね?」

「ほとんど来ないよ」

「あっ、でも……」


 ん?


「子猫ちゃんは来るかもね?」


 子猫……って! やめろぉ、やめてください! そうだよ確かにここだよ、ここでチャジローと出くわしたんだよ。見てたんですもんね? あなた見てたんですもんね? あぁ、思い出すだけで恥ずかしいんですけど!?


「あれはたまたま……」

「ふふっ、ごめんごめんそうだったね」


 そういって、いつもの様な笑顔を見せる磐上さん。

 普段自分しか居ない場所に磐上さんが居て、そんで普通に会話して……そんないつもと違う状況が、なんだか少しだけ楽しく感じている自分が居る。


 やっぱ反則だよな? その笑顔。その仕草。本当だったら、この場所誰にも知られたくはないんだけど、磐上さんなら……


 そんな何とも青春ラブコメの様な事を考えている時だった、突拍子もなく吹き付ける風。さっきまで感じていたそよ風とは全く違うそれは、容赦なく俺達に襲いかかった。


「おっ」

「きゃっ」


 少し体勢が崩れる俺に、反射的に顔を抑える磐上さん。本来であればこの後、


 ≪大丈夫だった?≫

 ≪うん。少しびっくりしちゃったけどね≫


 なんて会話をするんだろうけど、俺の頭には全くと言っていいほど、そんな言葉は浮かんで来なかった。

 磐上さんが顔を抑えた瞬間、それと同時にふわりと上へ上へと飛んでいきそうなスカート。まるで重力に逆らうかのような動きがもたらすもの。それから目が離せなかった。


 崩れ落ちる鉄壁ガード、露わになる太もも。


 そして俺の前に現れたのは、レースが結構セクシーな……




 黒のパンティだった。



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