桜の記憶

「反省しなきゃいけないようなことをした覚えがないな」


 適当に答えながら前方を、まだ先の続く道を見据える。


「ただ、お前のその俺に対する扱いの酷さには慈悲がないなと、しみじみ実感してたところだよ」


 これは正確でないが、嘘でもない。


 そんな内容の返答でこちらの思考をごまかして、相手の反応を窺う。


「そりゃ、雄治はあたしの言うこと聞かなきゃいけないんだから、当たり前だよ。だから、」


 そこでわざとらしく間を空けて、桜は愉快そうに目を細める。


「諦めてあたしのお願いを聞きなさい」


「……本っ当に、わがままだよなその性格。容赦ねーわ」


 やれやれだなと肩を竦めつつ、俺も苦笑に近い笑みを浮かべる。


 それを同意の印と受け取ってか、桜はさらに笑みを大きくした。


「それは仕方ないでしょ? だって――」


 ぴょん、と跳ねるような軽快な足取りで、桜が前に出る。


 こうして見るだけなら、ただの女子高生でしかないのになと、彼女の挙動を目で追いながら考えた。


 二メートル程先行してくるりと振り向く桜の表情には、憎らしいくらいに無邪気な笑顔が広がっていた。

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