桜の記憶

 このまま大人しく有紀と帰れば、きっと何も知らないまま全てが片づいて、本来あるべき姿の日常が戻ってくるのかもしれない。


 また、ここで遠ざかろうとしているあの背中を追えば、自分が巻き込まれた厄介事の真相をこの目で確かめることができるかもしれない。


 しかし、そこには危険というリスクが付きまとってくるはずだ。


 どちらを選ぶべきなのか。


 たった今、“じゃあね”と言って手を振った桜が脳内にフラッシュバックする。


 さりげなく告げたあの言葉は、聞き手の受け取り方次第では本当の意味での別れの挨拶でもある。


 そしてこの推測は、たぶん正しい。


「雄くん、どうかしたの? 怖い顔してるけど……」


 思案するこちらを、心配そうに窺う有紀。


「……」


 そんな幼なじみの顔をきっかり二秒見つめてから、俺はぽんっと相手の肩に片手を乗せ、もう片方の手でごめんのジェスチャーをしてみせた。


「雄くん?」


「悪い、有紀。俺もちょっと用事があるんだ。今日は一人で帰ってくれるか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る