桜の記憶

「あたしと同じ名前の木がこの世界にはあるんだって、そのとき初めて知ったから」


「……ひょっとして、お前が桜って名前にしたのは――」


「そ。そのときに見た写真がきっかけ。呼び方も一緒だから違和感もないし、ここにいる間はこの名前でいこうって思ったの」


 つまりその写真を見たという瞬間が、今の名前を周囲の記憶に定着させる引き金になったわけか。


 おそらくそれまでの間もサクラという呼び名で定着させていたのだろうから、耳で聞くぶんには大した差異はないが。


「だからここは、この世界にいる今のあたしに名前をくれた大切な場所。写真を見てから一度一人で来たんだけど、ほとんど変わってないね。花が咲くのは別の季節だっけ?」


 そこで、桜は上に向けていた首を俺の方に戻す。


「桜が咲くのは春だ。これから秋になるから、半年は先になるな」


「半年かぁ……。じゃあ、本物を自分の目で見ることはできないかもしれないわけか」


 がっかりしたように肩を落とす桜の顔が、僅かに歪む。


「見れないって……」

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