桜の記憶

 俺から桜へ視線を移動させニコリと笑い、片桐は返事を待つことなくクルリとこちらに背を向けた。


『来るか来ないかはサクラの自由だ。怖気づいて来ないなら、それでも良い。その時はきみが何も理解できぬまま消えていくだけの話だし』


『……』


 なおも真意の読めない言葉を連ねる男を、桜はただじっと凝視する。


『ま、じっくり考えて行動すれば良いと思うよ。それじゃ、今夜はもうお開きだ。例の廃墟で待っているよ』


『あ、おい、待てよ……!』


 呼び止める声に応じることもなく、片桐はヒラヒラと手だけを振ってそのまま暗闇の中へと消えて行った。


 結局、相手の誘いに乗るのかどうか、その答えを桜が口にすることはなかった。


 とりあえず明日までに考える、と珍しく真剣な面持ちで告げただけでそれ以降は男に関する話題を口にすることはなく。


 展開していた能力の解除とともに、俺たち二人は帰路へついた。


 正直、男からの条件を突きつけられて桜がどう思い感じたのかはわからないし、どう対処するつもりでいるのかも俺にはわからない。

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