桜の記憶

 持っていたライターを点火して、胸元の紙くずに火をつける。


 炎に包まれた紙くずは、当然燃えて灰になっていく。


「な――!?」


 そんな光景の中で、不可思議な事態が発生した。


 紙くずが燃えていくにつれて、それを乗せていた狼男の身体も徐々にその姿を薄れさせていく。


 まるで、紙くずと狼男の身体が一心同体でリンクしているかのように、紙くずが完全に燃えきった時には狼男の姿は影も形も無くなっていた。


 土台を失った灰が、パサリと地面へ落下し崩壊する。


「これで、証拠は隠滅だ。獣人の存在を知るのは僕らだけ。あとは、周りの破壊痕を消せれば完璧か」


 唖然とする俺らの前で、平然と周囲を眺める男。


「お、お前も……、能力者?」


 絞り出すようにして、必死に声を吐き出す。


「うん? だったらどうかしたかい?」


「どうって――だって、あんたはこの世界の人間じゃあ……」


「そうだよ。僕は嘘偽りなく、この世界の人間。専業主婦とサラリーマンの親もいるし、高校に通う弟もいる」


 世間話に応えるような、あっさりとした口調で返してくる相手に俺の混乱はますます深まっていく。

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