桜の記憶

 桜が能力を解除したというならわかるが、こんな中途半端なタイミングでそんなことをしたとは思えない。


 ならば、ここにいるこの男はいったい何者だというのだろう。


(断言はできねぇけど――これは、こいつはおかしい)


 咄嗟に、俺は屋根の上にいる桜を呼び戻しそうと上方へ首を向けていた。


「桜――!」


 俺の反射的な呼びかけと重なるように、ザッという音を立て桜が眼前に落下してきた。


「さ、桜、あいつは――」


 こちらが口を開くのを、桜は手をかざして制止してくる。


「あの人、何だか変な感じがする。普通の人間じゃないよ。それに……」


 警戒するような慎重な口調で、桜は言葉を紡ぐ。


「どうしてかわからないけど、あたしの力が通じてない」


「それってつまり……」


 急激に張り詰めはじめた空気に、口内が乾く。


 それを無理矢理ごまかしながら桜の後ろ姿に声をかけると、その頭がこくりと頷いた。


「あたしの力じゃ、あの人の記憶は操作できない」


「ど、どうするよ? 逃げた方が良いのか?」


「たぶん、それは無理かな」

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