桜の記憶

「別に良いよ。そのときは無理矢理でも連れ戻すから」


「お前は何がしたいんだよ!」


 人が真剣に話しているのに、この馬鹿悪魔にはそれがわからないのだろうか。


 脱力する心地で瞼を閉じて、乱れかけた気持ちをなんとか持ち直そうと努力する。


「でもね、雄治は本当に心配しないで。あたしは雄治を守る自信があるし、怪我なんてさせないから。これは本当に約束してあげる」


 閉じた瞼の向こうから、そんな桜の言葉が耳に届く。


(そう言われたってな)


 その守れる自信の根拠がはっきりしないし、守りきれないほどの脅威が待ち構えていたらどうするんだという不安は拭えない。


 ポッ、と頬に何かが落ちてくる感触に瞼を開く。


 空を見上げると、雨粒が顔を掠めて地面に吸い込まれていくところだった。


「あー、また雨降ってきたね。中に戻ろう? 濡れたら風邪引くでしょ?」


 一緒に顔を上げた桜が、扉を指差して告げる。


「ああ……」


 成果の得られなかったやり取りに不満を抱きつつ、仕方なく俺は踵を返して屋内へと戻りだす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る