桜の記憶

「何それ? 馬鹿じゃないの!?」


 何とか冷静に説明をしようと試みる俺の思いをあっさり無駄にし、桜がまたも自販機を睨む。


「は? じゃあ、あたしのお金は?」


「潔く諦めろ」


「うわ最低。百三十円損じゃん」


 まぁ、店の人に言えば何とかしてもらえるんだろうけど、面倒なのであえて何も言わずにおいた。


「あの、夜月さん……」


 遅れて側にやってきた有紀が、躊躇いがちに口を開いた。


「良かったらわたしがお金出すけど」


「え? どうして?」


 唐突な申し出に、桜が虚を突かれたように目を丸くする。


「買い物付き合ってくれたお礼。何飲むの?」


 ごく当たり前といった仕種で財布を取り出す有紀。


「別にそんなことしなくて良いわよ。あたしが勝手についてきただけなんだし」


 苦笑いして、桜は言った。


 それに、と言葉を続ける。


「どうせなら、雄治に奢ってもらえばいいじゃん。何も買ってないんだし」


「……何でそうなる?」


 呻くと、桜は首を傾げるようにしながら僅かだけ顔を近づけてきた。

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