桜の記憶

「……いえ。そんなことは……」


 最後まで恐縮する従業員に一礼を残し、桜は俺に身体を向ける。


「じゃあ、行きましょ?」


「あ、ああ」


 歩きだす桜を眺める男に一瞥をくれて、俺も後に続く。


「人間って面倒臭いときあるね。あれくらいのことで謝り過ぎだよ」


 歩く速度を調整し横に並ぶと、桜は前を向いたままそんなことを言った。


「そりゃ、あっちからすれば大切なお客様だからな。たぶんあの人バイトだろうし、クビにならないよう余計に必死なんじゃないか?」


 ポケットに手を入れながら、俺は適当に思いついた言葉を返しておく。


 バイトだからこそ逆に不真面目な場合もあるかと思いもしたが、見た目からしてそんなタイプではなさそうだった。


 参考書のコーナーは店内の一番端。


 そこまで早足で歩き、通路を覗く。


 小学生から大学生まで、様々な需要に合わせた問題集等が並べられている棚のちょうど真ん中辺り。


 そこに有紀は立っていた。


 俺たちに気づくと、読んでいた本を棚に戻しこちらへと近づいてくる。

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