第22話 出会わないことを祈れ
トロールはファイアウルフよりも動きが速く、オーガを圧倒するパワーを誇る。
魔物の中でも上位に入る種族のひとつだ。
その数が五十ともなれば、ひとりで何とかできる者は帝国でも数は限られてしまう。
ミーナは何とかできる側のエルフだった。
「風の御子よ、我が手足となって彼らの動きを封じよ。“風縛”」
彼女が美しい声で歌うように呪文を唱えると、呼びかけられた風の精霊たちが応じて力をふるう。
トロール五十の巨躯に風が鎖のようにまとわりつき、動きを封じ込めてしまうと男は驚愕の叫びをあげた。
「ば、馬鹿な!? 風縛なんてただの下級精霊術ではないか!? なぜトロールに通用する!?」
トロールは魔術や精霊術に対する耐性もかなり高い。
ただの「風縛」ならば一瞬で弾き飛ばして、その使い手を肉塊に変えてしまえるはずだった。
ところが、彼の目の前に広がる光景は、トロールたちは風のせいで指を動かすことすらままならない。
「精霊たちに分け与える魔力次第で、ランク以上の威力を発揮できる。その程度のことも知らなかったか」
ミーナは男の無知さを冷笑し、風の精霊に働きかけてトロールを撃破する。
非常識きわまりない光景を男は茫然として見ているほかなかった。
「お前たち如きに上級の術を使うまでもない。身の程を知れ、豚シュバインめ」
罵倒された男は屈辱に表情を歪めたが、同時に我に返って転移魔術で逃げようとする。
だが、転移魔術が発動しないことに気づいて愕然とした。
「なるほど、判断の速さは悪くない。だが魔力と実力の差が大きい場合、相手の転移魔術を封じることも可能なのだ」
ミーナは冷徹に教えてやる。
転移魔術の使い手は他の術者の転移魔術にも干渉はできるが、実力差がないと上手くいかない。
彼女と男の力量が天地くらいに開いているからこそ、難なくできたのだ。
「つ、強すぎる……さては貴様、断罪の女神ヴィルヘミーナか……」
男は絶望で喘ぎながら、ミーナの正体に気づく。
帝国にいてここまで圧倒的な力を持つ女性のエルフは他にいないはずである。
彼が所属している組織の上司から「出会わないことを祈れ」と言われた対象の中で、危険度第二位に位置付けられていた。
「今、気づいたのか?」
ミーナは冷笑せず、憐れむような視線を送る。
「下級の精霊術でトロールを倒せるエルフ自体は、いくらかいるだろうからな」
バルはその気はなかったものの、結果的に男をフォローするような発言をした。
エルフは種族として優秀だし、こと精霊術の扱いに関しては全ての種族の中でも一位だろう。
「おっしゃる通りですね」
彼女はうなずいてから黒ローブの男に問いかける。
「ちなみに私の側にいらっしゃるお方は誰だと思う?」
「ドエスだな」とバルは思ったが、何も言わなかった。
「断罪の女神ヴィルヘミーナがそんな態度をとる、は……ま、まさか光の戦神」
男は自分の運の悪さに震える。
彼は組織から八神輝レーヴァテインの情報を与えられていた。
その中には当然光の戦神の情報もあり、ミーナが同じ八神輝レーヴァテインの中で唯一従順な態度をとる相手だとも書かれている。
光の戦神は素顔は不明だが、言うまでもなく「出会わないことを祈れ」と言われた対象の中で危険度第一位だった。
どうして今日に限って危険度一位と二位がここにいて、自分と遭遇してしまったのだろうか。
そこまで考えた時、男の意識は遠のいて倒れこむ。
「……死んだか」
バルのつぶやきにミーナは返事をする。
「はい。確認しました。呪術です。それもなかなか高度な部類です。どうやらこの男は使い捨ての駒のようですね」
「……これから厄介なことになりそうだな」
バルはそっとため息をついた。
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