第37話 本当の私

全員が居間で眠ってしまったようで、目を覚ました時には目の前に美月の寝顔があって驚く。

何となく顔がベタベタするのは気のせいだろうか。

あの後、またみゃーママが起きて酒を飲み出し、深夜まで四人で飲み食いしていたのは憶えているが、いつの間に寝てしまったのだろう。

名残惜しいような思いで、俺と寄り添うように寝ている美月から離れ、起き上がって周りを見渡す。

美矢はみゃーママと寝ているのかと思ったが、みゃーママの姿は既に無く、美矢が一人でおへそを出して眠っている。

食べ散らかした食器などは見当たらない。

縁側ではサバっちが、さえずる朝の鳥を目で追っている。

今日もいい天気になりそうな空だ。

台所へ行くと、洗い終わった食器が積み重ねられており、朝御飯の下拵したごしらえがしてあった。

みゃーママはどこだろう?

散歩にでも行ったのだろうかと思い玄関に行くが、靴はある。

仏間をのぞくと、みゃーママはそこにボーッと座っていた。

「何してるんですか?」

「あら、起きたの」

「昨日、あれだけ飲んだのに早いですね」

我が家のビールの在庫を空にした挙げ句、地元では有名な日本酒にまで手を出したのに、さっき縁側から見た朝の空みたいに爽やかな顔をしている。

「まああれくらいは、ね」

いつの間にか化粧も落としたらしいから、それも爽やかに見せている理由かも知れない。

美矢と似ているなと、つくづく思う。

仏間にいるのは、朝の掃除でもしてくれていたからだろうか。

「あの二人が、いつも掃除してくれてるんですよ」

ピッカピカで、ほこり一つ落ちていない。

「へー、あの子達がねぇ」

「真矢ちゃんの教育の賜物たまものでしょう?」

あまり気の無い返事だったので、みゃーママのお陰であることを伝える。

「私の両親は健在だし、家に仏壇があるわけでも無いわよ?」

そう言えばそうだ。

勿論、そういう直接的なことではなく、日頃の教育によるところが大きいとは思うが、それでも若い子が気付きにくい部分でもある。

「でも、現に真矢ちゃんも掃除してるし、そういうところにアイツらも影響を受けたんでしょう」

「あの子がいるときは、家事なんてしてなかったのに?」

「いや、でも、じゃあどうして?」

「そりゃあ、アンタが私を大事に思ってくれるのと同じでしょ?」

「へ?」

「どうしたのよ? 頓狂とんきょうな声を出して」

「え、いや、何というか、意味が判らないというか」

「好きな人の親を大事にしたいと思うのは、きっと自然なことでしょう? その親がよっぽど嫌な人でも無い限り」

「あ、うん、そうかも」

「勿論、人間生きてりゃ色々あるから、嫌な部分が見えたりウマが合わなかったりもする訳で、好きな人の親を大事に思うってのは、案外と難しいのかも知れないけれど」

確かに、耳にするのは相手の両親との不和やトラブルの方が多い。

「こんなこと言うとあれだけど、亡くなってる方が愛しやすいっていうのもあると思う」

そうかも知れない。

いくらあの二人でも、そして俺の両親がおおらかな人だったといっても、全てが上手くいったとは思えない。

「でもね、アンタを見てると、生きててほしかったなぁ、って思うの」

「……」

「ごめん、私らしくないこと言っちゃったわね、忘れて。昨夜の私が本当の私だから」

「いえ、そんな……って、あっちが本当かよ!」

「そんなに驚くこと? いつもあんな感じでしょ?」

「そういやそうだった」

確かに驚くことではないな。

みゃーママが言う意味とは逆の意味で。

今まで見てきた美矢の言動からかんがみれば、さっきのみゃーママの発言も、意外でも何でも無いことだ。

どちらも本当のみゃーママであり、どちらも愛すべきみゃーママだと言える。

「本当に今日、帰るんですか?」

「ええ、昼過ぎには出るつもり」

だとしたら、みゃーママには会ってもらいたい人がいる。

「一時間ほど、時間もらえますか」

「いいわよ」

美矢との時間を削らせてしまうけど、美矢の母親として、お隣さんと町内会長に挨拶はしておいてもらいたい。

それに、いま俺が考えていることを実行するために、それは必要であるとも言える。


午前中は四人で過ごし、みんなでお隣さんに挨拶した後、昼前に俺とみゃーママだけ車に乗って出発する。

美矢も美月も明るく送り出してくれて、感動の再会の割にはあっさりと別れる。

「あの子、今夜はあなたに甘えると思うわよ」

それはそれで嬉しいことではあるけれど、どちらかと言えば、俺に「甘えさせなさい」と言ってるように聞こえる。

きっと、さっきの美矢の笑顔が強がりであることを見抜いているのだ。

つまり、俺の前では強がらせるなと言っているわけで、それはかなり難易度の高いことではある。


みゃーママはさすがみゃーママで、町内会長には如才じょさいなく挨拶した。

だが、途中からそういった装いじみたものが消えたのは、町内会長の人柄を知ったからだろうか。

娘を思う母らしい姿で、俺が町内会長にした、あるお願いにも、一緒になって頭を下げてくれた。

町内会長は、いつも通りの柔和な笑みで聞き入れてくれたが、あと一人、会っておいてもらいたい人がいる。

「委員長にも会ってくれますか?」

「昨日の子?」

「ええ。アイツ、役場の地域振興課に勤めているんです」

「……いいの?」

「何がですか?」

「利用する気でしょ?」

「人聞きの悪い。利用じゃなく協力の依頼です」

「可哀想な気もするけど、美矢の姉じゃなく、母として会えってことね?」

「はい」

みゃーママは少し顔をしかめてから、小首をかしげるように苦笑した。

「何ですか?」

「いえ、あなたって誰にでも優しいのかと思えば、そうでもないなって」

誰にでも優しく出来る人間なんていやしないだろう。

俺がどんな時も優しくありたいのは、あの二人だけだ。

「さて、行きますか」

「私は気が進まないなァ……」

そうは言いながらも、みゃーママはどこか楽しそうだった。

きっと、委員長も理解してくれるし、その先にあるものを思い描くと、自然と笑みがこぼれるのだ。

俺もみゃーママも、あの二人の笑顔を想像せずにはいられないのだから。

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