第34話 オムライス

「あなた、孝介の何なんですか!?」

「お前こそ孝介の何だ?」

「あなたに答える筋合いはありません」

「大有りだ! 孝介は私の家族だからな!」

「なっ!? 家族ですって!?」

アラサーとアラフォーが、玄関の前で争っていた。

美矢と美月は夏休みに入っているが、どこかに出掛けているのだろうか。

昼飯を食いに帰ってきたのに、炎天下で繰り広げられる暑苦しい闘いを見る羽目になるとは……。

「真矢ちゃん、来るなら連絡してよ」

俺はアラフォーの方に声を掛けた。

みゃーママのことは、真矢ちゃんと呼ばなければ叱られる。

まあそう呼ぶことに、それほど違和感の無い若々しい人ではあるけれど。

「あーら孝介! 変な女に絡まれて困ってたのよォ」

シナを作るな、シナを。

「孝介、アンタ節操無さすぎ! 子供みたいに若い子、まあ美矢ちゃんも美月ちゃんも可愛いけど、あの二人以外にこんな年増──」

「誰が年増だ!」

委員長、禁句は言わないでくれ……。

「まあ美矢を知ってるってことは、少なくとも孝介の愛人ではないってことよねェ」

みゃーママが挑発的に笑う。

「くっ! 公認の愛人かも知れないじゃないですか!」

絶対に愛人なんて存在を認めない人が、何を張り合ってるんだ。

「委員長」

「何よ!」

「この人の顔をよく見ろ」

「どうして私がこんな人の顔を──」

みゃーママの顔は美矢とそっくりだ。

ただ、ほぼスッピンの美矢と、派手めの化粧をしているみゃーママでは雰囲気が違うのだが。

あと胸。

「美矢ちゃんの……お姉さん?」

おい、どうしてそんな相手を調子づかせるような間違いを犯すんだ。

「あらぁ、よく判ったわねぇ」

ほら、満面の笑みだ。

ニッコニコだ。

「わあ、笑うとそっくり」

「でしょでしょ! よく言われるのぉ」

とは言え、笑うと小皺こじわが隠しきれないのだが。

「孝介、何か言った?」

「いえ、まあとにかく中に入ってください」

「そうね。じゃ、委員長さん、また」

「え? ちょ、孝介、私は?」

「お前は仕事に戻れ」

「いま休憩時間よ!」

「だったら公用車を使って来るな」

「公務中に休憩時間になったのよ!」

「はいはい、またな」

みゃーママと委員長の二人を、さすがに同時に相手は出来ん。

委員長には悪いが、ここは強引にお引き取り願う。


「ところで美矢は?」

「さあ、美月とどこか出掛けてるようですが」

「ふーん、じゃあ今のうちに」

何をする気だ?

「アンタ、お昼まだなんでしょ?」

「え? はい」

「台所、借りるわね」

……ご飯、作れたのか?

「何よ、その目は」

「いえ、子供の頃から美矢が作ってたって」

みゃーママが自嘲気味に笑いながら、台所を見渡し、冷蔵庫を物色する。

要領よく必要なものを見つけ出すと、あとは鼻歌を歌いながらリズミカルに手を動かした。

考えてみれば、美矢が作るようになるまではこの人が作っていた訳だし、一人暮らしになった今も、外食やコンビニばかりってことは無いだろう。

「はい、召し上がれ」

オムライスだ。

美矢の得意料理でもあり、初めてアイツに食べさせてもらった手料理でもある。

しかし──

「……このケチャップの文字は?」

食べる前にそれが気になる。

「愛でしょ?」

確かに、loveと書かれているのだが。

「愛にも色んな形があるのよ。黙って食え」

「い、いただきます」

見た目は、文字はともかく美矢と作ったものと変わらない。

形は綺麗に整っている。

味は……正直、美矢の作ったものより美味しい。

「昔、洋食屋でバイトしてたからね」

また自嘲気味の笑みだ。

「店で覚えて家で作ってやると、あの子が凄く喜んでねぇ」

「だから、アイツの得意料理なんですね」

美矢は何を作らせても上手にソツなくこなす。

オムライスだけが得意な訳ではない。

でも、何か特別なものとして記憶に刻まれているのだろう。

「今日、来ることは?」

「驚かせてやろうと思って言ってないけど、あの子、喜ぶかなぁ」

「何を言ってるんですか。喜ぶに決まってるでしょう?」

「でも、もう少し実家に帰ってくると思ってたのよねぇ……」

美矢がこちらに来てから半年も経っていない。

まだ一度も実家に帰ってはいないが、それほど気にすることでも無いし、美矢は交通費のことも考えてるだろうし。

「連絡は頻繁に取り合ってるんですよね?」

「まあ……ご近所に挨拶回りしたとか、蔵で初体験したとかは聞いてるけど」

「聞きすぎだ!」

「童貞のくせに意外と逞しく、恥ずかしいミスも無かったことくらいしか……」

「くらいって何!?」

「その後ずっとご無沙汰だけど、私、良くなかったのかな、なんて悩んでることとか」

「それはスマン!」

「私に謝られてもねぇ」

「あ、いや、まあ……」

「でも、毎日が幸せで楽しいって」

「……」

「だから、さっきの愛はアンタへの感謝よ」

「ありがとうございます」

「ホントは、祝、童貞卒業って書きたかったんだけど、ケチャップだとムズいわ」

祝、童貞卒業より劣る愛だったのか……。

「で、何日くらい滞在されるんですか?」

「ん、明日には帰る」

「え? もっとゆっくりしていけば」

「仕事がねー、休めないのよ。ほら、私、売れっ子だから」

まあ年食ったママさんとバーテンしかいない店だからなぁ……。

「だから美矢にオムライス食べさせて、美矢の作った晩御飯食べて、それでいいの」

そう言って微笑むみゃーママは、やっぱり母親の顔をしていた。

何だかんだ言っても、美矢の尊敬する母親だ。

いつだって元気で、逞しい。

「美味しかった?」

組んだ両手にあごを乗せ、綺麗に平らげた俺をニッコニコで見つめてくる。

その仕草は美矢にそっくりだ。

美矢もこんな風に、逞しい母親に──

「今夜、あの子に男の喜ばせ方を教えておくわね」

絶対なってくれるなよ!

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