第33話 夏の午後
強い夏の日差しを浴びながら、美矢が庭に水を
午後の三時を過ぎた、いちばん暑い時間帯だ。
そよとも吹かない風に
サバっちが地面に転がっていたセミを
セミを追って見上げた空は、どこまでも夏の色だ。
入道雲が高いなぁ。
空に
三人で散歩に出かける。
美月は虫捕り網を持ち、美矢は魚捕り網を持たされている。
楽しそうな顔と、不服そうな顔が対照的で
いま美月が狙っているのは、昆虫ではミヤマクワガタであり、魚ではナマズだった。
俺が子供の頃に見ていた昆虫図鑑、魚類図鑑が美月の愛読書だ。
要は何か珍しいものを見掛けたら、取り敢えず捕まえられるようにと網を持っているらしい。
それは円を描いて、気持ち良さそうに空を舞っていた。
からかうような低空飛行。
美月が網を構える。
「いや、さすがに鳶は無理だろ」
「諦めた時点で負けなのです」
俺は美矢と顔を見合わせて笑う。
空へと網を伸ばす美月は、届かないものなど無いと言いたげだ。
不意に日が
ふっ、とミンミンゼミの声が鳴り止んで、入れ替わるようにヒグラシが鳴き出した。
夏の日差しと夏の夕暮れが
「む、その日暮らし」
ヒグラシの、夏の風情や物悲しさ、どこか郷愁を誘う声など台無しにしてしまう美月。
美矢は微笑みながら、林に響く声に耳を傾ける。
ぽつり、と雨が落ちてきた。
駆け足で近所の神社の石段を上る。
あっという間に
何故か三人で身を寄せ、声を潜めて笑う。
鎮守の森の中で雨のざわめきを聞いていると、どこか優しい響きに包み込まれるようだった。
拝殿の軒下から見る、木々の切れ間に覗く空は、雨上がりを確信させる高さで青く澄んでいた。
「あ、財布を持ってきてない」
俺がそう言うと、美月は目を伏せ、美矢はニヤリと笑った。
「じゃーん!」
そう言ってポケットから取り出したのは、一枚の千円札だった。
「いや、財布は?」
「近所のお散歩とはいえ、万が一を考えて千円札を持ってきたのでしたー」
「いや、だから財布」
「え? だから千円」
「雨宿りのお礼が千円かぁ……」
「え? あれ? そういうこと?」
「くふふ、みゃーはおバカさんなのです」
「じゃあ三人だから、一人三百円分のお願いをしようか」
「はーい」
「雨宿りのお礼と言うには、何だかんだでずぶ濡れなのですが」
「それは言わない」
三人で手を合わす。
勿論、お礼だけじゃなく、三人の無病息災を願う。
きっと、みんな一緒だろう。
「孝介さんの私へのムラムラが止まらなくなりま──痛っ!」
「願いが低俗すぎるわっ!」
「こーすけ君の愛が地球を救いますように」
「無茶言うな! それが出来たらとっくに神様が
「注文の多い神様なのです」
「注文が多いのはお前らだよ!」
「……」
「……」
真剣な横顔。
木々から落ちてくる水滴が、ポタポタと小気味良いリズムを刻む。
「さ、行こうか」
二人が笑って頷く。
何をお願いしたか誰も聞かないのは、みんな同じだと判っているからだろう。
濡れた石段。
見下ろした
雨上がりの道を歩く。
傾いた日の光が、三人の影を描く。
「かーらーすー」
美月は音痴だ。
カラスが雨上がりの澄んだ空を渡っていく。
「む」
カァ、と鳴いたのは、音痴をバカにした訳ではないと思うが。
「わぷっ」
美矢が蚊柱に突っ込んでしまう。
虫捕り網で
いや、蚊が網に入るだけだぞ。
「元気だねぇ」
トラクターに乗った老夫婦が声を掛けて追い越していく。
手を振って見送る。
我が家が見えてきた。
何となく駆け出したそうにしている美月。
我慢しているのは、三人の手が繋がっているからだろう。
「ただいまぁ」
サバっちが、「にゃあ」と鳴いて迎えてくれる。
さあ、濡れてしまったから風呂を沸かそう。
「三人で入るのです」
「おー!」
え? マジで?
時間は優しく流れ、季節は包み込むように共にある。
賑やかで、心地よい夏の午後。
最後はちょっと、いや、大騒ぎで疲れたけれど……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます