第31話 合コンの誘い

美月が晩御飯を作っている。

食事を作るのは当番制で、そこには俺も含まれているのだが、基本的に美矢が作るのが当たり前になっていた。

美矢が作ると言うから任せているのであって、決して俺も美月もサボりたい訳ではない。

「美月」

「なんですか」

ジャガイモの皮をくのに必死なのか、背中を向けたままだ。

振り向いたなら、ピンク色のエプロンが可愛らしいのだが。

「美矢は?」

「部屋で泣いてます」

「え!?」

そう言えば、学校から帰ってくるなり自室に入り、それから姿を見ていない。

「どうしてだ?」

美月は皮を剥き終ったジャガイモを切り始めた。

「今日、学校で合コンに誘われてました」

「……それで泣く?」

「今回が三度目のようでして、いつも断っていたのですが」

まあアイツなら断るだろう。

「結婚してると言っても信じてもらえそうにないし、旦那に会わせろとか言われて家に来られるのもメンドクサイので、彼氏がいるという設定だったのですが」

確かにそれが無難だろうな。

「まあ誘ってきたのは元々嫌味なところのあるな女だったのですが、そんなダッサイ指輪なんか外して、たまには羽を伸ばしなよ、てなことを言いやがりまして」

「それで、泣いた?」

ていうか、あの指輪、ダサかったのかな。

だとしたら二人に申し訳ない。

やっぱり都会の宝石店で買うべきだっただろうか。

「みゃーがそんなことで泣くわけありません」

「え? じゃあどうなった?」

「激怒しました」

あの美矢が!?

「孝介さんには決してお見せ出来ない、放送禁止みゃーでした」

そんなに!?

「思いっきり平手打ちをかまして胸倉を掴み、謝れと怒鳴り散らしました」

……。

「もはや鬼と化したみゃーを止められる者はおらず、私達は、ただその打擲ちょうちゃくを見ていることしか出来なかったのです」

「……えっと、それでどうして泣いたんだ?」

「もっとボコボコにしてやるべきだったと、今ごろ悔し涙を流しているかと」

「それ、お前が勝手に思ってるだけじゃ?」

「どちらにせよ、まだ怒りが収まらぬようで、帰りの軽トラは公道最速理論の実践かと思ってしまいました」

……危ねーな、アイツ。

「ですから、今みゃーの部屋に行くのはお奨めしません」

「いや、でも」

「大体、人当たりが良すぎるから誘いなど受けるのです。私のように交友範囲を狭くすればいいものを」

「お前、それは自慢にならないからな」

「孝介さんは、合コンについてはどう思いますか?」

俺自身は合コンに良い印象は持ってないし、実際に参加したことも無い。

でも、美矢みたいに社交性が高くて友人が多いなら、断り続けるのも難しそうだ。

「まあ正直に話してくれるなら、付き合いとして参加するのも仕方ないかなぁ」

美月が振り向いた。

ピンクのエプロンの真ん中に描かれた、クマさんの顔もこちらを向く。

可愛らしいが、包丁を握ったままこちらを睨んでいるので、ひどくシュールな光景に見える。

「孝介さん」

「な、何だ?」

「それは私が合コンに参加してもいいということですか?」

「あ、ああ。お前も交友範囲を広げて、色々と経験した方が」

「合コンで得られる交友? 合コンで得られる経験? バカですか?」

何がきっかけになるかなんて判らない。

合コンで素晴らしい出会いに巡り合うことだってあるだろう。

「みゃーは優しいから結果的に人当たりがいいだけで、本質的には広い交友範囲なんて求めてませんが?」

……そうなのか?

「……まあ、それが結果的に、大事な人を含めた人間関係を円滑にするのですが」

「判ってんじゃねーか!」

「孝介さんとみゃーが、地元の人達と上手くやっているから私の居場所があるので」

「いや、それは、お前はお前でちゃんと好かれてるし」

「だから、それは二人が下地を作った上でのことです」

「……」

「ですが、それと合コンは別です。もし孝介さんが合コンに参加しようものなら、私は刺しますが?」

「今までも、これからも、参加することはない」

「だったら、私が参加したなら刺してください」

いや、笑顔で言うな。

「みゃーも同じです。参加を断って友人と争った。孝介さんがすべきことは?」

「え、な、慰める?」

「……何を聞いてたんですか。みゃーは自分の行動に信念を持っているに決まってるでしょう! 褒めて褒めて全肯定あるのみです!」

「わ、判った!」

「判ったらさっさとみゃーのところへ行ってください!」

「お、おう!」


美矢の部屋の前に立つ。

もしかしてすすり泣く声でも聞こえるんじゃないかと耳を澄ませたが、物音ひとつしない。

「美矢」

呼び掛けに応えてくれるだろうか。

何だかんだ言いながら、友達と喧嘩したなら悲しんでるんじゃあるまいか。

「はぁい」

意外と明るい声が返ってきた。

いや、美矢のことだから、そう振る舞っているだけの可能性が高い。

ふすまが開いて、美矢が顔を出す。

「えっと……よくやった」

「え?」

いきなりすぎたか。

「その、合コンを断ってくれたらしいな。俺は嬉しいよ」

「え? そんなこと? 妻なんだから断るの当たり前だと思うけど」

「いや、それでも、友人関係とか色々あるし、それでギクシャクしたりとか……」

「いいのいいの、前から何かと腹の立つ人だったし、縁が切れて清々したくらいだし」

「縁が、切れた?」

それくらい、決定的に争ったのだろうか。

「うん。思い切り叩いちゃったし、股のゆるいメスブタとか言っちゃったし。えへ」

えへって……。

「途中から相手の友達も加勢してきて、こっちもタマちゃんが加わって、もう毒を吐く毒を吐く」

ちょ、あれ?

もしかして美月の言う通り?

「私は口よりも手が出ちゃう方だから、タマちゃんの毒舌で相手がひるんだところを私が──」

「ちょっと待て」

「ん?」

そんな可愛らしく、どうしたの? みたいな顔でいいのか?

「その、争ったことに後悔や痛みは無いのか?」

「やるなら二度と逆らえないようにやれ、っていうのがお母さんの教えだし、それが守れたかは不安が残るけど……」

みゃーママよ、アンタの娘は立派に育ってるよ……。

「あ、でも、料理をせずに部屋にひき籠っていたのは?」

「今みゃーに包丁持たすと危ないからって。優しいよね、タマちゃん」

……褒めるところなのか?

それはともかく、我が妻達は、可愛らしく、頼もしく、そして恐ろしい……。

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