第30話 酒の肴

隣家のおっちゃんが、収穫したばかりのスイカと枝豆を持ってやって来た。

一緒にビールでも飲もうということらしいが、外はまだ明るい。

「あれ? みゃーちゃんとタマちゃんは?」

「美矢なら学校の用事で遅くなるらしくて、さっき美月が一人で帰ってきましたけど、またどこか出掛けたのかな……あの二人に何か用事でも?」

「いや、なかなか上手くやってるなって話を、酒のさかなにしようと思ってさ」

おっちゃんは、勝手知ったるという感じで枝豆をで、冷蔵庫からは缶ビールを取り出す。

普段あまり飲まないけど、常時、数本は冷やしてあるし、田舎は酒飲みが多いから、こういう時のために在庫は切らさない。

お互い、コップにがずに缶のまま飲む。

「さっきもさあ、谷本んちの婆さんが、孝ちゃんとこの子にこれ持っていけって、スイカ渡されたし」

なるほど、おっちゃんちはスイカを栽培してなかったはずだし、そういう理由だったのか。

「まあ、美矢の社交性が役立ってるんだろうなぁ」

美月の方は、果たして地域に溶け込んでいるのか心配ではあるが。

「いや、タマちゃんも人気だぞ?」

「アイツが?」

「無愛想タマちゃん、ぶっきらぼうタマちゃん、仏頂面ぶっちょうづらタマちゃん、あと何があったかなぁ……あ、慳貪けんどんタマちゃんだ」

「……それ、かなり嫌われてるんじゃ?」

「いやいや、親しみを込めた愛称だよ」

おっちゃんは磊落らいらくな調子で笑うが、俺は心配になってくる。

愛称だなんて言っても、かんされてるのは全てマイナス要素の言葉だし、しかも実際に美月に当てはまりそうなものばかりだし……。

ただ、アイツと二人で歩いていると、「タマちゃん」と声をかけてくれる人が多いのも確かだ。

アイツはそんな時、ペコリと頭を下げるか、「どうも」と一言返すだけで愛想も何も無いのだが、って、やっぱり無愛想じゃねーか!

「おっちゃん、アイツは無愛想だけど、悪いヤツじゃないんだ」

「は? 何言ってんだ?」

「いや、だから、美月の件に関しては俺もみんなに謝るけど、おっちゃんからもフォロー入れておいてくれないか」

おっちゃんが俺に目を向けたまま、茹で上がった枝豆を美味そうに口にする。

その表情が、苦笑いに見えなくもない。

「昨日、溜池のそばの用水路でタマちゃんを見かけたんだけどさ」

アイツは相も変わらず、あちこちほっつき歩いてるのか。

「あまりに真剣に用水路を見ているもんだから、何やってんだって声かけたんだ」

「アイツは何て?」

「魚捕ってます、の単純明快な一言」

……目に浮かぶようだ。

「何か捕れたかって聞くと、まだです、って水面から目を離さず言うんだ」

話し相手の顔も見ずに、会話を広げる気の無い一言返事……ダメダメじゃないか。

「網の使い方が下手くそでさあ、つい手を貸したくなるんだけど、あの真剣な目と気合だろ? なんか黙って見入っちゃうんだよ」

「ああ、なんかアイツらしいっていうか、不器用だしなぁ」

「あ、それ! 不器用タマちゃんってのもあった」

それもマイナス要素じゃん……。

「でさ、ついに魚を捕ったわけ。するとどうよ、ニカッて笑うの。どうだ! みたいに。えーっと若いヤツらが言ってたな、ドヤ顔って言うんだっけ? それが全然、何の嫌味も無くて、こっちも笑っちゃうんだ。やったな! ってさ」

何となく解ってきた。

何となく、いつもよりビールが美味しい。

なるほど、アイツらの話は、酒の肴になる訳だ。

「その魚、今はウチの水槽で泳いでるよ」

昨日、美月が捕ってきた魚はタナゴだった。

タナゴにも色々と種類があるみたいで細かな分類は判らないけれど、淡い虹色を帯びた、日本の淡水魚としては綺麗なものだ。

用水路には他にも色んな魚がいるのだが、美月はタナゴが気に入ったようで、水槽にはそればかりが五匹も泳いでいる。

確か、色が綺麗なのはオスだけだった筈だから、今度、メスも捕ってきてやらなきゃな……。

「ちょっと若いヤツらの間じゃ、5Bタマちゃんって呼ばれてるな」

「5B?」

「だから無愛想、ぶっきらぼう、仏頂面、不器用のB」

えっと……。

「4Bじゃ?」

「あー、あと一つはビューティフル? 美人のBなんだとさ」

それを聞いて、俺はやっと安心して笑えた。

……いや、ちょっと待て。

安心していていいのか?

「おっちゃん、その若いヤツらって!?」

身を乗り出した俺がおかしかったらしく、おっちゃんは豪快に笑う。

「心配しなくても、みんなからすりゃタマちゃんは子供みたいなもんだって」

……それはそれで、俺が子供を恋愛対象にしてるみたいで引っ掛かるんだが。

でもまあ、この辺だと三十代どころか四十代でも若いヤツらなんて言われたりする。

「美矢は、愛称みたいなものはあるのかな?」

「タマちゃんみたいな愛称は無いけど、みゃーちゃんは元気の源だな」

「え?」

「あの笑顔と大きな声で挨拶だろ? 何だかこっちまで元気になって、次に会った人に笑顔で挨拶しちまう」

「……」

「笑顔と元気は伝染するってね」

そりゃそうか。

そもそも、俺の元気は、アイツから始まったんだし。

「みゃーちゃんからは元気を貰って、タマちゃんからは話のネタを貰ってるんだよ。笑顔で挨拶した後に、そう言えばタマちゃんがさぁ、なんて会話になる」

「ただいまぁ」

美矢と美月の声だ。

ほっつき歩いていた美月を、美矢がどこかで拾ったのだろう。

二人の声が重なると、自然と笑顔になってしまう。

「なあ孝ちゃん、酒が美味いよなぁ」

ああ、本当にそうだなぁ……。

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