三人暮らし ~歪な正三角形~

杜社

三人暮らし

第1話 三人で

父さん、母さん、今日からまた、この家が賑やかになるよ。


「孝介さん」

荷物の整理をしていた美月が、改まった様子で話しかけてきた。

「おかえり」と「ただいま」。

当たり前の家族のように当たり前の挨拶で迎えたけれど、やはり、ちゃんとした礼儀を通すのだろうか。

「私はもう女子高生ではありませぬ」

「は?」

何の話だ?

「女子高生というブランドは失ってしまった訳ですが」

「ブランドなのか?」

「ええ」

「で、それがどうした」

「まだ賞味期限は残されていますので、着ろと言うなら着ますが」

「何を?」

「制服を」

「……」

「私もみゃーも、嫁入り道具として持ってきてますが」

「……そんなことよりさっさと片付けろ」

美矢はテキパキと荷物を整理していくが、コイツはさっきから一向に進まない。

「まさか、制服がお好きではないのですか!?」

まるで珍獣を見るような目だ。

美月の背後の段ボール箱からは、見覚えのある制服が覗いている。

まあ実際のところ、この一年以上、二人の制服姿は見ていないし、懐かしくはあるし、制服が嫌いなわけではないのだが。

いや、寧ろ好きかもだが。

「美矢ー」

「はーい」

元気な声と、元気な足音。

「お前も、制服を持ってきてるのか?」

「うん、あるよ。制服も体操服も体育館シューズも」

体育館シューズかぁ、懐かしい……。

いや、靴に執着は無いけど。

「美月」

「もちろん私も制服だけでなく、女子高生お楽しみセットです」

……そんな風に言われると、単に懐かしいから着てくれとは言いにくい。

「現役でない限り、コスプレに過ぎず邪道だとおっしゃるなら、今すぐ焼却しますが」

「焼くな」

「あらあら、孝介さんも男の子ですね」

「焼くほどのことではないと言っただけで、人類の半分が制服好きみたいに言うな!」

「執着があるかはともかく、嫌いな男性はいないと聞きますが」

否定は出来ない。

俺の人生で下ネタを交わした同性に、制服が嫌いだと言うヤツは確かにいなかった。

「クリーニングしたてが物足りないなら、今日一日、着てた方がいい?」

「誰もそんなこだわり持っとらんわっ!」

美矢は美月とは違う方向性で爆弾発言してくるから、二人同時の対応は大変だ。

「熟成させろということですね」

「……」

「ところで孝介さん」

「なんだ」

「今夜は初夜ということになるわけですが」

考えまいとしても考えてしまう、気になるけど忘れていたい案件だ。

「孝介さんはどこで寝られますか?」

「じ、自分の部屋で寝る」

「ということは、寝込みを襲えばいいのですね」

「いや、昨夜はほとんど眠れなかったんだ。今夜は寝かせてくれ」

「……そうですか」

残念なような、ホッとしたような顔をする。

美矢の方は横顔を見せて、美月の荷物の片付けを手伝っているが、さりげなく髪をかき上げ、こちら側の耳を出しているから恐らく聞いているはずだ。

「実は私達も昨夜は眠れませんでした」

三人とも、気持ちは同じか。

「卒業してから昼夜逆転の生活になってしまって」

「そんな理由かよ!」

「こーすけ君、タマちゃんの照れ隠しだよ」

「なっ、私はべつに!」

「問題は、私とタマちゃん、どっちが先かってことだよねぇ」

「……」

「二本ついてないのですか?」

「ついてねーよ!」

「ま、それを決めるのはこーすけ君に委ねるけど、あんまり長く待ちぼうけはイヤだよ?」

「わ、判った」

こういう時、きっと美矢の方が肝が据わっている。

だからと言って美矢を先に選ぶと、美月はねる。

先に出会っていたのは美月だけど、先に親しくなったのは美矢で、どちらも大事でどちらを優先するかなんて決められない。

歪な関係であっても、三人は綺麗な正三角形を描いているのだ。

「にゃあ」

おお、そういやサバっちがいたな。

お前は……そうだな、三角形の中にいるのかな。


大体の片付けを終えたのか、家の中が静かになる。

お昼は隣家のおっちゃんが寿司を差し入れてくれたが、夜はどうしようか。

今から何か作るのも面倒だし……。

「おーい、夜はコンビニ弁当でいいか?」

コンビニまで車で片道十分ほどだ。

返事は無い。

もしやと思い仏間に行くと、案の定、二人は仏壇の前で眠っていた。

二人の間でサバっちも寝ている。

山間部であるこの辺りは、夜はまだまだ冷える。

俺は二人に毛布を掛け、しばし寝顔に見入る。

こうやって暮らし出すことを楽しみにしてくれていたのは判っているが、何もかもが激変する生活になるわけで、それ相応の決意や不安があったに違いない。

まだあどけない寝顔を見れば、二人に抱かせてしまった覚悟は、少し大き過ぎたのではないかと考えてしまう。

「こーすけ君」

ささやくような声。

「なんだ、起きたのか」

「目が覚めたら、こーすけ君がそこにいる」

それだけで幸せだとでも言うように、美矢は笑みをたたえて再び目を閉じた。

……そうだよな。

不安も覚悟も、三人で共有すると決めたのだ。

そしてそれ以上に、三人で幸せを作り上げていくんだ。


父さん、母さん、新しい家族をよろしく。


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