第14話 科学者と風の少女
「あの……助けてくれてありがとうございます」
男二人組を撃退してから後、観衆場の隅に一同は集まった。
幸い、大きな怪我はなかった。鎖鎌で転ばされたときに彩斗が少し肘を擦りむいたが、それだけだ。彩斗は白衣の青年へと頭を下げた。
「無事で何よりである。ワタシの名は【エルンスト】。科学者だ。元の世界では色々と実験を行っていた。こちらの少女はパートナーの魔物、【フレスベルグ】だ」
「よろしく。眠い」
短くそう言った長髪の少女に、一同は微笑する。確かに、フレスベルグは目をとろんとさせ、今にも眠りそうだった。目元を何度か擦り、大きなあくびもしている。
ただ、その内に、凄まじい強さを感じる。眠れる獅子。封印された魔王。そんな単語が、彩斗の脳裏に浮かんだ。
「は、始めまして。、ボクは及川彩斗と言います」
まず彩斗が、そう自分の名を告げる。
「さっきは本当にありがとうございました。いきなりナイフを寄こせって襲われ……スララも危ないところでした。助かりました」
「なに、気にすることはないのである」
エルンストが気さくに笑い、小さく頷いた。
「君たちを襲った二人組の男、ワストーとグルゲンは、腕がなかなか立つハンターだ。ワタシたちも不意打ちしなければ容易には撃退できなかった」
「そう? フレスベルグはあんなの楽勝。人間なんてみんな雑魚」
あくびをしながら言うフレスベルグに、スララは小さく笑った。
「すごい! わたしならあんな風、起こせないよ。フレスベルグさんは強いんだね~」
「さんはいらない。まあ、フレスベルグは元の世界で世界樹の番人だったから。フレスベルグより強い人間なんていない」
「頼もしい限りであるな。それで、そちらの嬢さんは、名をスララと言ったであるか?」
「そうだよ~。助けてくれて、ありがとう」
にこりと、握手を求めながらスララは礼をした。
電撃の矢を受けたが、もうその影響はないようだった。彩斗はとりあえずそのことだけは安堵する。もしも大怪我などしていたら、胸が苦しくなるところだった。
そんな彩斗の考えが顔に出ていたのか、スララが嬉しそうな表情をした。
「な、なに? スララ」
「ありがとう」
そのはにかんだ笑顔が、何より素敵に思えた。
「――さて、話を戻そう。先ほどの二人組であるが」
なごやかな雰囲気の中、口調に少しだけ鋭さを含ませ、エルンストが切り出した。
「今言った二人組――ワストーとグルゲンであるが、とりあえず、あの二人には今後も気をつけるのである」
周囲に誰がいない一角に四人は集まっていた。騒ぎに多少はざわめきが起こったが、もうその影響はない。
エルンストは長い白衣のポケットに手を入れながら、
「ワストーとグルゲンは、他のペアたちから武具を奪い、自分たちを強化しようとしている輩なのである。奪うくらいなのだから腕もなかなか立つハンターで、そして失敗しても、何度も繰り返してくるだろう。なぜならこのアルシエル・ゲームは、それだけ厳しいゲームだからである」
「え?」
繰り返してくる、というところに彩斗が若干顔を引きつかせる。
「どういうことですか?」
「理由としては、まず手持ちの攻撃手段が限られているためである。剣や槍などはいつか限界がきて壊れるかもしれないし、ワタシのように科学を用いて戦う人間も、いずれ道具が尽きて満足には戦えなくなる。補充ができない――この事実が大きく伸し掛かっているのである。ゆえに、一定以上の戦力を維持したければ、他者から奪う他はない」
「それは……」
彩斗は夜津木のコンバットナイフを見つめる。確かに、武器の消耗を解決するには、強奪が手っ取り早い。彼らのような人間は、他にもいるだろう。
「……一度闘技で勝てたとしても、その分武器は消耗してしまう……その点は盲点でした」
あるいはそこまで気を回す余裕などなかったとも言える。
エルンストは小さく首肯し、
「次に、ペアの魔物が弱かった場合。こちらもやはり、相方の人間は焦るだろう。何しろペアは変えることは出来ないのだ。弱い魔物をパートナーとされた人間は、どうしても他者から奪うことに行きがちである。周りをよく見てみるとわかる。『誰から』奪うか、狙っている者が何人もいるぞ」
彩斗たちは周囲のペアへ意識を向けてみた。
確かに、じっとしているだけの者もいるが、目が合うと視線をさりげなく逸したり、不敵に笑う者達がいた。中には何かをパートナーと相談しながら、こちらを見ているペアすらいる。
それはまるで、獲物を求めるハイエナのようだ。
彩斗たちを見ていないペアもいるが、そういうペアたちの中には、別の獲物を探すように、じっと周りを観察している者たちもいり。
「まずい……状況ですね……」
思わずコンバットナイフを握りしめつつも、彩斗は声を潜ませる。
「ボク達、さっきのワストーやグルゲンに、これからも襲われる可能性が高いんですよね? いったい、どうすれば……」
「対抗策は一つである」
エルンストは一つ頷いた後に告げた。
「団結することである。奪うことに抵抗がある者同士で集まり、常に行動を共にしておくこと。幸い、ワタシのパートナー、フレスベルグは、『千里眼』で他者の様子を見ることが可能である。牢屋の中からでも、他のペアの様子は伺えて、誰が危険なのか観察することも可能である」
「ええー、面倒くさい。なんでそんなことしなくちゃいけないの? だるい」
不満たらたらな口調のフレスベルグに、エルンストは、
「しかしフレスベルグ、面倒くさいとは言うが、それで対策を怠って負けてしまっては、石化して終わりである。結局は、千里眼は活用しなければならないわけだが?」
「……面倒くさい。面倒くさい。アルシエルくたばれ。次に見たら、ぶっとばしてやる」
頼もしい限りだが、彩斗はたぶん、いくら何でもそれは無理だと彩斗は思ってしまう。
そもそも、他人の武器を奪おうとする相手がいるなんて、考えてもみなかった。
けれどそれは考えみれば当たり前で、彩斗自身、もう少し腕が立つ人間ならば、そういう思考を浮かべた可能性はある。
負ければ石化。優勝すれば、願いの叶う本を得られて元の世界にも戻れる――ゲームへの行動指針として、他者を陥れて優位に立とうとするペアはいて当前なのだ。
「――?」
そのとき、彩斗はかすかに視線を感じた。場所は観衆席の下部。彩斗たちのいる位置からかなり下。見れば、手をこちらに差し出して、ぶつぶつと何かを呟く人間の姿がある。
「――危ないっ!」
ぞわりと鳥肌が立つのと、とっさにスララを押し倒すのとは、ほぼ同時だった。
視界が白熱する。こめかみのすぐ横を、熱線が大気を焦がしながら通りすぎていく。
「スララ、大丈夫?」
「ありがとう~。彩斗のおかげで助か……あっ」
更なる攻撃の予感に、スララがリコリスを伸ばす。だが相手は初撃を外しても、強気だった。むしろパートナーの魔物をけしかけて、こちらへと攻撃を仕掛けてきた。
「やれっ! グリフォン! あいつのナイフを奪え!」
鷲と獅子の体に大きな翼を持った魔物が空を裂きながら迫ってくる。スララの迎撃のリコリスは容易にかわされた。薙ぎ払おうとして大きく半透明の鞭をしならせたが、それよりあちらが速い。
――間に合うか!?
彩斗がスララを守るようにコンバットナイフを抜き出し、
エルンストが、フレスベルグが、それぞれ迎撃に身を固めた直後。
圧倒的な業火が――グリフォンへと降り注いだ。
「グギャアアアアっ!?」
思わず耳を押さえつけたくなるほどの絶叫を振りまいて、グリフォンが墜落する。業火にまみれ転がり落ちる鷲の勢いは止まらない。階段状の観衆席で何度も体を打ち、火の粉を撒き散らし、パートナーである人間の方にまで落ちていく。
「――闘技を行う前に、下らぬ争いを行うのは誰だ?」
ぞっとするほど冷たい声が、コロシアムの全員へ響き渡る。
「私はルールもなしに戦えと、お前たちに命じた覚えはない。お前たちは私のゲームの中で、私の見ている前で武闘することだけ許される。秩序もなく戦えとは言っていない。今回は、手加減した。だが次はない。覚えておくがいい」
魔神アルシエル。
業火を手にまとい、圧倒的な殺意を振りまきながら、バルコニーの上より睥睨していた。
火炎にまみれながら落下したグリフォンと、その相方である人間から恐怖の声が溢れ出る。
他のペアたちも同じだった。誰もが身を固くさせ、降り注いだ業火の威力と、氷の響きを持ったアルシエルを前に、言葉もない。
墓地のように静まり返ったコロシアムで、アルシエルは高々と宣言する。
「これより、三度目の闘技を始める。闘技者よ、戦場へ」
それで、ゲームの支配者たる魔神は、グリフォンとそのパートナーを意識外へと追放する。
二組のペアが、闘技フィールドへ姿を現した。
戦斧を抱えた少年と、そのパートナーである魔獣。反対側では鉄扇を持つ女性と、シーサーペントが、岩ばかりの戦場で対峙する。
「それでは闘技を、始めよう。今日もオマエたちの魂の躍動を魅せつけるがいい」
やがてアルシエルの言葉を元に、熾烈な戦闘が繰り広げられた。
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