第21話 生温い雨

顔が見たいと思ったものの、あいにくと翌日は休日だった。

そうなると、逆に益々会いたい気持ちは大きくなっていく。休日明けが待ち遠しい。


そこで、ふと凪咲は閃いた。

はじめて一緒に帰ったとき、たしか家が近いと言っていたことを思い出した。実際に行ってみたわけではないが、だいたいの位置と、アパートに住んでいることは聞いていた。


そうだ! お昼休憩のとき、なにか余った料理持っていってみようかな! 一人暮らしだし、お裾分けってことで。


そうやって、なんとかストーカーぎりぎりの口実を絞り出し、さっそく作業に取りかかる。

まかないの余りをひょいひょいっと弁当箱に詰め、いざ出発。


空のアパートに続く海岸沿いの道を歩く。

上空には灰色の厚い雲が拡がっていて、肌を撫でる空気が生暖かった。凪咲は海のうねりに目を遣ってから、少し足を速めた。

空から聞いていた通り、歩き始めてからしばらくして、一軒のアパートが見えてきた。白塗りの二階建てで、各階三部屋の計六部屋の建物だ。海岸沿いの通りに面しており、他にそれらしい建物が見当たらないので、おそらくここで間違いないだろう。あとはポストの名前を確認すればいい。


彼の家を目の前にして、凪咲は、一歩間違えればもしかしてこれってストーカー行為に近いんじゃないだろうか、と今更になって冷静になる。

ただ、ここまで来てなにもせずには帰れないし、帰ったら余計会いたくなってしまうだけだ。これはあくまでお裾分け。さあ平常心、平常心……と自分に言い聞かせて、アパートの表に回ろうとしたときだった。

二階の角部屋の扉が開き、中から空が姿を見せた。

よかった。やっぱりここで間違ってなかった。

凪咲は、弁当箱の入ったバッグを握り締め、さっそく声をかけようとした。

だが―――


「あ――」


空が出てきたあとに、続いてもう一人、沙由里が中から姿を現した。


口に出しかけた声だけでなく、一瞬、呼吸まで止まった。

――まあ、そりゃそうだよね。休日だし、二人で会っていても不思議じゃない。

ぽたり、と落ちて来た水滴が凪咲の顔にあたり、頬を伝う。


――ああ……これじゃあ、私、ただの邪魔者だ。


二人は、並んでアパートの通路を通って階段を降りてくる。このままこの場所に立っていれば、ばったりと顔を合わせることになるだろう。

アスファルトの斑点が凪咲の足下だけでなく、周囲の地面に増えていくと、遂には地面に波を打つような音を立てて雨が降り始めた。



           ――私は彼を救いたい


                            ――私は彼の友達 


――彼の側にいたい

                                     ――未練になりたい


  ――「独りに、しないであげてね」


                    ――独りにさせたくない

                                     ――休日に、部屋で二人きり……


                          ――私は彼の友達



          ――二人はあの日、キスをしていた。

                                      

 ――手を差し伸べてあげたい


     ――笑った顔が見たい


                       ――私は、彼のことが……

                                    ――彼のことが……

                

                ――私は――

                


                ――私は――



凪咲は、その場から逃げ出した。


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