第6話 ひとつのステップ

 帰りは安倍が自分の車で送ってくれた。今までに経験がない程、丁寧な運転だった。

「はい……いつもの駅の送迎ロータリーです」

 電車で三十分だった道のりが、ほんの数分に感じていた。窓から入る風が土の匂いから排気ガスのような臭いに入れ替わっていた。

 ――ああ、もう……。もっと、一緒にいたかったのに……。

 

 送迎ロータリーは、駅のホームのように行き交う人や車で騒然としているようだった。

「……わざわざすみません。助かりました」

「じゃ、また……」

 夕子はドアを開けるハンドルを探った。目の前の光が途切れる。トニックシャンプーの匂いがフワリとした。

 

 ――あ……。

 

 ネットリとした温かさに唇が覆われ、それは直ぐ離れた。

 心臓が止まってしまうかも知れないと思った。呼吸が苦しい。

「……はい。……また……」

 顔に血液が登っているのか頬が火照った。安倍の車のエンジン音が聞こえる方向に頭を下げ、手を振った。

 自室に戻ってからも、夕子は考えていた。

 ベッドに身体を投げ出す。窓から細く冷たい風が吹き込んでいた。マクラ元に手を伸ばし、クッションを引き寄せた。カーテンの薄い生地が夕子の腕を撫でる。

 

 ――ああ、しちゃったよ。本当のキス……。きゃあ……。

 

 恋愛などしないと思っていた。否、してはならないと思っていた。まだ、安倍の温もりが残る自分の唇を指で撫でた。

 友人の誰かが言っていた。好きになってキスをすると次のステップがあるのだ、と……。

 

 ――次のステップって……。

 

 夕子は少し怖くなった。

 

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