第25話「アサとヨル」
魔術師デニムの帰還の魔方陣、それによって第三階層から街の魔術師ギルドの中庭まで戻ってきた三人は。
「じゃあな、ルーシーにデニムじいさん……」
一旦、互いに別れの言葉を交わした。今は距離をとった方がいいと判断したのだ。
――――――
始めはランヴァーとの出会いの夢。
――お、スリとはな――
――ちくしょう……!!――
――お前、名前はなんて言うんだ?――
――……――
――答えないと、この指へし折るぞ?――
――……アシュ――
次にはルーシー。
――あなたも冒険者なのね?――
――……まぁな――
――私はルーシー、いずれ世界一の富豪になる女よ――
――そうか――
――……あなたの名前は?――
――アシュ――
そして、最期に。
――今宵もまた、戯れようぞ――
夢魔が、迫る。
――――――
「なあ、デニムじいさん」
「なんじゃい、若いの……」
「街の噂じゃ、金剛石の勇者一行に、新たな仲間が出来たらしいな?」
「お前さんも、その噂を聴いたか……」
そう言いながら、デニムはやや皮肉げな笑みを浮かべたまま。
「何でも、他の街の英雄だそうだぞ、アシュ」
コップにと、注文した安酒を注ぐ。
「ふぅん……」
そのデニムの言葉に相槌を打つアシュの酒も、気味の悪い苦味がある安酒だ。結局。
「ランヴァー……」
そのランヴァーとヘレンの蘇生は失敗に終わった。元々が蘇生の魔法というものが死体ありきの物なのだ。出来る限りの金を寺に積んだは良いが、全くの無駄金だったということだ。
「ほら、若いの……」
「おう、すまねぇな」
そのデニムに進められた炒り豆を口に放り込みながら、片肘をついたままのアシュは、ぼんやりとした時を過ごす。
「ランヴァーはな、若いの……」
酒場の木窓から見える外の光は暖かく、今が冬だということを忘れてしまう。
「わしの、命の恩人なのじゃよ」
「……」
「この、ろくでもない年寄りのな」
その言葉、それを聴いたときアシュは彼がかつて自分とランヴァーの上前を跳ねようとしたことを思い出した。
「あの時は悪かったの、アシュ」
「今さらだよ、じいさん」
年の功とやらでそのアシュの気持ちを読んだのであろうか、デニムのその言葉にアシュは苦笑いをする他はない。
ピチッ、チィ……
「小鳥の声が、聴こえるのう……」
――――――
「ヘレン!?」
カンテラの光に映るその姿は、まさしく彼アシュの故郷で営みをしている、しているはずであった娘の姿。
「ヘレンじゃないか、どうしてここに!!」
「……アシュ」
その面に涙を軽く滲ませる「ヘレン」であったが、しかし。
「おっと、待ちな兄ちゃん」
「何だ、お前達は?」
「傭兵だ、それ以上でも以下でもないぜ……」
屈強そうな体躯を持つ二人の男は、互いにその顔を合わせながらニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。
「この女は、ある方の奴隷なのよ」
「何……?」
「名は言えねぇがよ」
その言葉を聞いたアシュは、薄暗闇の中で再びヘレンの顔を見やる。
「私の旦那が……」
「旦那、お前の結婚相手がどうした」
「病気で死んで、村も不作で……」
「だから、か……」
ヘレンのその言葉を遮り、再びしゃしゃり出た傭兵が。
「最近、不作の村が増えてな、兄ちゃん」
「……」
「こいつのような、家族の為に身を売る人間が増えたんだってよ」
傭兵のその言葉は耳には入らない、乾く喉の奥からアシュが絞り出した言葉は。
「……いくらだ?」
「アン?」
「いくらなんだ、この女は?」
「そうさね……」
その顎髭を抜きながら傭兵の男が示した金額は今のアシュには到底払えるものではない。恐らくは。
「ただ、ご主人様はこの女を気に入っている様子でね……」
でたらめな金額を言っているだけだ。彼ら傭兵に取引をする権限はないはずだとアシュは推測する。
「さ、行った行った……」
「……」
夜の闇に溶ける悲しげなヘレンの瞳、それをアシュは見る勇気はなく。
「さよなら、アシュ……」
ただ、その言葉のみがアシュの耳を打つ。
――――――
始めに淫夢。
――さ、私達の所までいらっしゃい……――
次に悪夢。
――助けてくれ、アシュ!!――
そして最後の夢魔、甘い匂いをその身体から放つそれによって。
――くるしゅうないぞ、アシュ――
彼アシュが目覚めたとき。
「……くそっ!!」
宿の壁面で禍々しい、黒き輝きを放つ漆黒のレイピア、それを床へと叩きつけながら。
「ちくしょう!!」
バァン!!
何かの衝動に任せるまま、アシュは夜の闇の中へと消える。
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