第2話「ルーキー殺しの辻」

  

「流石に、第一階層は」


 昔に訪れたカルマンの遺跡、そこへ第一歩を踏み入れたアシュは、その内部をぐるりと見渡しながら。


「あらかた、捕り尽くされたみたいだな……」


 微かな、ため息をつく。


「さて、どうするか……」


 最近、戦場跡での「漁り」行為にも限界が達してきた事もあり、勢いをつけてカルマンへとやって来たはいいが。


「ライバルもいる、モンスターもいる」


 ここでいうライバルとは、単に迷宮奥を目指す「勇者」の事ではない、単に自分と同じ人種の事だ。


「やはり、一人で来るのは無謀だったかな?」


 そう、少しアシュは後悔をしてきたその時。


「ムッ!?」


 目の前の石畳、そこの隙間から何か粘性の生物が這い出してくる。


「ジェリー、か……」


 ジェリー、学者の間ではスライム種の下位と呼ばれているモンスターの事である。


「だが、まあジェリーなら」


 上位のスライム種とあればアシュが手を出せる相手ではないが、このジェリーならば、いくら腐ったとはいえそれなりの剣が使えるアシュでも太刀打ちが出来る。この魔物ならば身体から酸も出さない。


 ジュル……


「はあ!!」


 一太刀、安物のショートソードにより一撃で、そのジェリーは身体を両断された。


「よし、ニ撃……」


 両断されたといっても、相手は粘性生物である。息の根は止めていない。


「止めだ……」


 細切れにしない限り、その動きを止めはしない、何撃かをそのジェリーにとお見舞いした後、アシュは剣に付いた粘液を丁寧に拭き取り、そして。


「これは、料理や錬金術の材料になるからな」


 ジェリーの残骸を、背中のリュックサックから取り出した麻の袋にと詰め込んだ。


「おや……?」


 その時、アシュはそのジェリーが這い出た隙間、そこに何かが埋まっているのを見つける。


「宝箱、だと……?」


 その周辺の石畳を丁寧に外しながらアシュはそのチェスト、小さな宝箱にとその手を置く。


「さて、罠と鍵はと……」


 昔、その手の心得があった彼は腰のポーチから、一般的に盗賊用グッズと呼ばれている一式を取りだし、その中の一つ。


 コン……


 小振りの「テコ」を箱にと軽く叩きつけた。


「……」


 「昔」にとった杵柄である、その第一調査を終えたアシュは、次に箱の鍵穴周辺にと、テコを軽く擦り付ける。


「鍵はない」


 しかし。


「鍵穴、そこから針か矢だ」


 そう「診断」を終えた彼は、ポーチから短めのロープを取りだし、それをテコにと括り付け。


「よし……」


 自身は物陰にと隠れながら、そのままロープ伝いに箱をテコで押し上げる。


 ヒュ……


 そして、箱が開いたと同時に乾いた音が鳴り、小振りの矢があさっての方向にと飛んでいく。


「馬鹿正直に罠を解除する必要なんか、ないっての……」


 不必要なリスクはとらない、それが彼アシュを死体漁りにと走らせた理由だろうか。


「さて……」


 それでも彼は警戒を怠らず、ソッとチェストの中身を見つめる彼は、静かにその顔を輝かせる。


「宝石だ……」


 恐らくはサファイアであろう、その青色に輝く小降りの宝石は、アシュのその目を魅了する。


「場所からして、誰かが隠したのかな?」


 古代の遺物にしてはやけに綺麗だ、先程のスムーズに起動した罠から考えるに、どこかの冒険者。


「そう、冒険者がね」


 いわゆる、遺跡を探索する熱意を持っている人間が保管していたのであろう、ならば。


「いただいていくか……」


 アシュが見たところ、箱には価値が無さそうだ、宝石をつかみ取りながら、アシュはカルマン遺跡の奥を目指す。目指す場所は。




――――――




「お、あったあった……!!」


 ルーキー殺し、そう呼ばれている場所がある。


「まだ若い、仏さんがいるな……」


 ただ単に見ただけでは単なる広場であるのだが。


「引っ掛かった新人という所か」


 スリング(投石器)に鉛弾を押し込み、頭上で回転させながら、その死体の周辺にと目を配らせる。


――いた!!――


 グッウ……


 スリングというのはクロスボウに比べて技量がいる。その点は弓と同じであるが。


 シュ……


 長年、漁りをやっていると流石にある程度の腕前は付く、その放ったスリングの弾は。


 ゴゥ!!


 見事、物陰に隠れていた「同業者」にと命中する。


「俺も昔、ここでやっていたからな」


 故に、その完全な死角が解ってしまうのだ。


「あの野郎、動かない……?」


 とはいえ、動かなくても彼アシュは油断はしない。そのままスリングの次弾を装填する。


 ヒュウ……


 そのまま暫しの間スリングを回しつつ、彼アシュはその広場から身を引く。


――やはりな――


 アシュが物陰に隠れ、スリングの回転を自然に任せて遅めた途端、その同業者は身を起こす。


「……ふん!!」


 鉛弾を落とさないように再び回転を始めたアシュはスリング、それの片方の紐をその手から放たせ、今度こそ。


 ガァ!!


 加速させたスリングの鉛弾が、その「同業者」の頭を打ち砕いた。




――――――




「この革鎧、良いものだが……」

「いいんだよ、売っちまう」

「良い収穫だったみたいだな、え?」


 馴染みの店の親父がそう、どこか皮肉げな視線を向けたのを彼アシュは気にせずに、仏さんと同業者からかっぱらった品をカウンターの上にと。


「半槍にバックラー、そしてこっちはスタッフスリングか」


 次々に、並べていく。


「本当にこの革鎧、買い取るぞアシュ?」

「そんなに良い品なのか、そいつは?」

「エルフ製のレザーだ、最初に防具から揃えたクチだな」

「そいつは、前途有望だったな」

「お前さんとは違ってな」

「フン……」


 昔の古傷を触れられ、不機嫌になりながらも、アシュは。


「これなら、少しは貯蓄が出来るな……」


 心の中で、微かにほくそ笑む。

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