屍人と踊る

早起き三文

第1話「漁り屋」

 ザァア……


「うう、寒……」


 いくら慣れた事とはいえ、雨のなかの戦場漁りは身体に堪えるものだ。


「しかし、どの仏さんも」


 雨天のこの日には死肉あさりの鳥もいない、いるのは彼アシュと同じく、同業者のみだ。


「あんまり、いいモンは持っちゃいねえな……」


 これまで彼が獲た戦利品といえば、錆びた刀剣ニ、三振り、それも安物の品だけである。どうも誰かに先を越されたらしい。


「おっ、これはなかなか……」


 一人の屍、女性と思わしき兵士が身に付けていた革鎧に目を付けた彼は。


「すまねぇが……」


 その死骸から革紐を切断しつつ、そのレザーアーマーを頂戴していく。


「……だよ!?」

「……だと!!」


 どしゃ降りの雨音で良くは聴こえないが、どこかで「品」をめぐっての口論が起こっている様子だ。


「触らぬ神に祟りなし、と」


 口論は容易く刃傷沙汰へと発展する、その事を身をもってしっている彼は、早々にこの戦場跡から立ち去る事にした。


 ザァ、ザァア……


 どうやら本当に、皆の間で小競り合いが発生している様子だ。




――――――




「こりゃ、大した値段じゃ買えないねぇ……」

「まぁ、な」


 アシュの目から見ても、あまり値段が付けようが無いことは解っている。その為今回はあまり食い下がらない。


「この女物の革鎧、どうよ?」

「あまり、中古の鎧を好む女戦士はいないんだ」

「さすがは腐っても女、か」

「せいぜい、この前カルマンの遺跡からランヴァーの奴が持ってきた、チェインメイルじゃないとな」

「へえ、あいつ……」


 久しぶりにその名を聞く、確か故郷の村へ帰っていったはずだが。


「ランヴァーの潜っている遺跡って、あの御触れがあった所か?」

「そうだ、カルマンの魔女……」

「確か、その魔女を倒した者には莫大な恩賞が出るって話だったよな?」

「おいおい、お前さん……」


 安物の武器、そして革鎧の品定めを終えた「故買屋」の店主は、その太った身体を身動ぎさせながら、パイプにと煙草の葉を詰め込む。


「まさか、おの触れに志願しようってんじゃあるめぇ?」

「まさか」

「あの金剛石の勇者一行が、戻ってこない程の相手だぞ?」

「俺が狙っているのは、そんなんじゃねえ」

「ああ……」


 店に立て掛けてあるクロスボウ、そして短い刀身を持つ剣にとその目を向け始めた彼アシュの行いを見て、店主は何かに合点がいったような声を上げる。


「死体漁りはいいが、ブッシュワーカーは褒められることじゃないぞ?」

「やらねえよ、さすがに」

「まあ、待ち伏せ狩りをするには、ある程度の仲間が必要だしな」

「仲間、ねえ……」


 今の所、アシュの脳裏に思い浮かぶ「仲間」といえば、先のランヴァーともう一人、ルーシーという女くらいなものだ。


「仲間を多く作ると、分け前が減るからな」

「かとかいって、一人は危険だぞ?」

「そのお仲間に背後から刺される事を念頭にいれると、大して危険度は変わりねぇ……」

「まあ、そりゃそうだがな」


 そう言いながら店主はパイプを口に加えたまま、品定めをしているアシュの事を実と見やる。彼の銭を勘定している姿から、どうやらそのクロスボウは諦めたらしい。


「親父、スリングと鉛弾少し、それとショートソード」

「ショートソード、高いぞ?」

「青銅でも中古でも良い、とにかく安いの」

「鎧はどうするよ?」

「スタデット(鋲打ち皮鎧)でいい、あと魔法の傷薬を」


 そのアシュの言葉に、店主はしんどそうにその身体を動かし、言われた装備を取り出していく。


「荷重可能増加のポーションもあるよ?」

「どうせ、高いんだろう?」

「そうでもない」


 店主の浮かべたその笑みに苦笑いをして返すアシュ、その店主の言葉を額面通りに受けとるほど、彼は甘い頭をしていない。


「雑貨はどうするよ」

「それはあんたとは違う店で整える、ブーツとかもな」

「この前の干し肉は気に入らなかったか?」

「当たり前だ」


 いくら彼が「如何物食い」とはいえ、人肉を喜んで食べる性癖はないのだ。


「ほら、合計で五百にしておくよ」

「やけに安いな……?」

「さっきの戦利品と相殺だよ」

「ちぇ、やっぱりな」


 その言葉に苦笑しながら、アシュは調達した装備を自身の身体に括り付けていく。


「このスタデット、少しブカブカだな……」

「少し、痩せたんじゃないか?」

「そうかもな」


 新しく入ってきた客、彼女がその手に持っていた魔法の斧と思わしき武器を羨ましそうに見つめながら。


「じゃあな、親父」

「生きて帰ってこいよ、アシュ」


 のんびりとそう言う店の店主に親指を立てながら、彼アシュはその店から出ていった。

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