あまごい

甘蜘蛛

序章 湿害

 最初は軽い出来心だったんだ。代り映えしない退屈な日常生活に嫌気がさしたのがいけなかったのか、それとも自分の不運を呪うべきなのか。退屈を紛らわしてくれる刺激と興奮が欲しかっただけだったのに。どうしてこんなことになってしまったんだ。もしあの時の自分はどう思うのだろうか、もう後には引き返せないところまで堕ちてしまった今の自分の姿を見たら。

 くだらない考えばかりが頭によぎる。今更そんなことを考えても遅いだけなのに、次々と頭の中に浮かんでくる後悔の言葉たちに心が悲鳴をあげる。

 今はまだかろうじて正常ともいえる倫理的で論理的な思考回路が働いているが、いずれ自分もやつらと同じような狂気が宿り自我は崩壊するだろう。

 耐えられない。逃げ出したい。だめだ、ここから逃げられない!自分はすでにやつらの一員なんだ。そんなことをしたら自分もあいつと同じ目にあわされてしまう。

 恐怖と苦痛が自分を壊すまであとどれくらいかかるのだろうか。そう遠くないうちに達成するのかもしれない、いやもしかするとこのままずっと正気と狂気の狭間でもがき苦しみ続けるのかもしれない。

 —―—鐘がなった。祈りの時間だ。はやく行かないと。

 自分が求めていた非日常はそこにあった。

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