虚な瞳よ深淵を宿せ

甘蜘蛛

劫初の孵化 1

  漆黒しっこくかもめの群集が空を覆い世界に突如として夜が訪れ、世界は混沌こんとんが支配した創世記そうせいきへと回帰かいきした。幻夢げんむ瘴気しょうきに満ちあふれた埒外らちがいの世界の扉が開かれたのだ。そして生命が所有する全ての権利は略奪りゃくだつされた。唯一、搾取さくしゅされなかったのは心臓を鼓動こどうさせる権利のみである。

           無垢むくなる奴隷どれい  バラス


 


「事実は小説より奇なり」とはよく言われるが、この現実世界に置いてはひかえめな表現であったことを、自身が経験した人智を超越ちょうえつした事実を知った日から坂真田圭司さかまたけいじは実感していた。

 圭司は木々で覆われた山を見る度にまるで取りかれたように暴れだすので、都市部にある精神病院に収監しゅうかんされていた。当初は田舎にある海辺近くの療養所りょうようじょに移送される予定だったが、自然が淘汰とうたされた都会にいたいという圭司の懇願こんがんにより都会の精神病院に収監されたのだ。医師達は収監中の圭司を観察したが、自然風景を見せない限り精神面において異常はなかった。医師達は単純なパニック症状しょうじょうだと結論付け、すぐに克服するための訓練を始めた。訓練は功を制し、圭司は一ヶ月以内に退院することができた。

 圭司は自身が経験したことを医師に一言も漏らさなかった。警察に事情聴取された時も、ほとんど現場検証から得た事実の確認程度で追求されることはなかった。もし話したとしても世間は陰惨いんさんな事件に遭遇し、狂気に取り憑かれたのだと一蹴されるのは目に見えていた。退院後も家族に打ち明けることもなかった。

 だが圭司は自身が経験したことを記録する意義を感じていたのか退院後すぐに、「この記録を読む者へ。もし私が危惧きぐする終焉しゅうえんの日が訪れているのならば見るべきではない。」の文言から始まる日記を作り始めた。圭司は事件の詳細しょうさいやそこで知り得た事実を、自身の感じた絶望と恐怖をありのまませながら書き殴る。

 

 



 

 

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