第16話-死神-
「なあキング。お前の腕っぷしは、そこいらの奴には負けねぇだろうよ。でもな、それじゃ俺にゃ勝てねぇぞ? 強さってのは腕っぷしだけの事じゃねぇのさ」
俺は、らしくもなくあの人の言葉を思い出していた。最初はあの人が嫌いだった。スラムで負け知らずだった俺に、チクチクと説教垂れやがるうざったい奴。その癖に強い。何度殴り掛かったか分かんねぇが、結局一度も勝てなかった。毎度毎度、最後には自分でのしたってのに、俺を担いであいつの奢りで飯を食ったっけな。気付けばいつしか俺は、あいつの背中に憧れてナラクに居た。散々偉そうに説教くれてたのによ、こんな奴に殺されちまってんじゃねぇよ。忘れもしない。この色。あの傷跡。まあ見てろよ。俺がどれだけあんたに近付けたかは知らねぇが、仇は取ってやるからよ。
奴は目前だ。ざっと二十メートルってとこか。
「キング、行くよ」
ジャックは姿勢を低く落とした。
「ああ」
俺も短く答え、拳を強く握る。次の瞬間、ジャックは脱兎の如く走り、スライディング気味に奴の股下を抜けると、即座に膝裏に重い跳び蹴りを放った。奴は体勢を崩し、片膝を着く。下がった頭部に俺は一気に距離を詰め、腰を落とし、右腕を大きく振りかぶった。俺の視界に『Impact System Move』とウィンドウが表示され、肩部が獣の様に唸りを上げ、白煙を吐くと同時に渾身の拳を打ち上げる。
「インンンパクトォォォオオ!!」
爆発音にも似た音と共に奴は大きく仰け反る。俺の背後まで走っていたジャックの方に俺は向き直り、両手を低い位置で合わせた。ジャックは俺に向かって走り込み、俺の手を足場に飛び上がる。俺の力も加わり高く飛翔したジャックはその勢いのまま前方に回転し、遠心力を持たせた踵落しを奴の頭部に打ち込んだ。ダメ押しの一撃で、奴は浅い水面に背中を落とし水飛沫を上げる。
「追撃だ! こんなものでは落とせない!」
頭部の傍に着地したジャックが叫ぶ。
「分かってらぁ!」
俺も倒れた奴の頭部に走り、二人で両側から止めどなく連撃を重ねる。怒りや憎しみを超越した無心で、俺は拳を突き立て続けた。どれくらい攻撃し続けただろう。腕部の駆動系が熱を持ち始めた頃、奴の頭部に横方向の亀裂が走った。そしてその亀裂が開く。咄嗟に俺達はバックステップを踏み、距離を取る。刹那、耳をつんざく轟音が辺りに響き渡った。
「ありゃあ……何だ」
ゆっくりと起き上がる奴の顔面。そこには―――
「口……」
歪に開いたそれは、まごうことなく口と呼べるものだった。
「ふざけんなよ」
呆気にとられたその一瞬を奴は見逃さなかった。巨躯からは考えられない速度で振るわれた一撃が俺を襲った。
「キングーーー!!!」
ジャックの声が遠くに聞こえる。俺は相当に吹き飛ばされたらしい。
「兄貴! 大丈夫ですか!」
「何なのよあれ。今までの奴とは全然違うわ」
「はっ、こんなもんでくたばるかよ」
駆け寄って来た三人を制止し、俺は立ち上がる。しかし痛ぇな。こりゃ、あばらかどっかいったな。
「俺達も加勢させて下さい。キングさん」
「そうっすよ! 全員で戦や何とか」
「馬鹿言ってんじゃねぇぞ。さっきの戦闘で気付いて無い訳ねぇよな。お前らの一瞬のラグは命取りなんだよ」
三人は言葉を失った。自分達でも分かっているんだろう。それでもただ指咥えて見てるしか無いのが堪らない。気持ちは分かる。俺達もその苦汁は舐めたんだからよ。
「でも兄貴!」
「見ろ、ジャックでも紙一重で避けてるレベルだ。あれでラグなんてあった日にゃ、サンドバックにされて終わりだぜ」
まあ、今はその苦汁をたっぷり味わっとけ。それがバネになるのも俺らは知っている。
「まぁ見てろ。俺らは死にやしねぇよ。帰って俺の武勇伝を語れる様に目に焼き付けとけ」
ふん。あの人もあの時、似た様な事を言ってたっけな。ありゃ随分な強がりだったんだな。三人を背に、俺は再び奴の元へ向かう。
「キング、まだやれるか?」
奴の猛攻を躱し、一度距離を取ったジャックが俺に言う。
「愚問だな」
「気を付けるんだ。口が開いた途端に様子が変わった」
ジャックの言う通り、奴の身体からは湯気の様な物が立ち込めている。喉を鳴らしているのか奇妙な音を口から漏らすと一歩足を引き、俺達に向き直った。
「あの時より数段と動きが良いのは確かだな」
「そうだね。こいつは骨が折れる」
「そのボケは笑えねぇぞ。こちとらさっきのでリアルに骨がいっちまってんだ」
「無茶させて悪いね」
「いつもの事じゃねぇか」
「まぁ確かにそうかも」
「さあ、来るぜ。第二ラウンドだ」
奴の振り下ろした攻撃を俺達は避け、一気に距離を詰める。即座に放たれた追撃を、俺は両手で防ぎ受け止める。重い衝撃が身体を走り、胴の痛みが俺を襲う。ジャックは俺が受け止めた奴の腕を足場に、頭部に回し蹴りを喰らわせる。しかし奴はすぐさま態勢を立て直した。
「軸がぶれないね」
「なら数をぶち込むしかねぇ!」
再び振るわれた奴の拳に俺は左腕のインパクトシステムを起動させ、殴り弾いた。三度、頭部を狙い攻撃を放とうとするジャックに、奴の頭突きが直撃する。
「クソっ」
自分の攻撃の反動で痛みが増した俺は反応が遅れ、咄嗟のガードも虚しく拳を貰う。とうとう俺の機体の頭部が限界を迎え、視界にノイズが走っていた。こいつは不味い。想像を遥かに超える強さだ……。そうか、今なら分かるぜ。あの時のあの人の気持ちが。まさか、あの選択を恨んでいたことすらあった俺が、同じ気持ちになるとはな。だがそれが最善だったんだな。
「おい! お前ら聞け! 撤退だ、俺が時間を稼ぐ!」
俺は言いながら、この真紅の機体の切り札を切る。『Impact System Activate』そのウィンドウを確認し、俺は機体の頭部をパージした。剥きだしの頭に一発貰えば終わりだ。どっちにしろあんなノイズにまみれた視界じゃ戦えねぇ。両肩が駆動音を上げ、白煙を吐き続ける。普段は瞬間的に作動させるインパクトシステムを断続的に作動させる。こいつの奥の手だ。引き換えに機体の消耗が激しいし、全ての攻撃の反動も重い。
「待て、キング!」
ジャックの声を背中に受けながら、俺は奴の前に立ち塞がる。真っすぐこちらに突き出される奴の拳を、俺は片手で受け止めた。追従するようにもう一方の拳が振り下ろされるが、俺もそれを空いた手で受け止める。俺の身体と肩部のモーターが悲鳴を上げている。だが知ったことじゃねぇ。
「さっさと行け! さあ、デカブツ。力比べと行こうか」
ギリギリと押さず引かずの状態にもつれ込んだ時だった。
「ったく馬鹿言ってんじゃねぇっすよ!!」
弾丸の様に深緑の機体が奴の頭部に飛び込んだ。少し奴の頭が傾くと同時、首に二本ワイヤーが絡み付く。その先、奴の後方には背負うようにしてワイヤーを引く鈍色と紫紺、二つの機体が見える。
「二人とも頭冷やしてください!」
「そうね。らしくないわよ」
「お前ら……」
紺碧の機体が追い打ちをかける様に奴の足に後ろ蹴りを加える。流石の奴も攻撃を放った状態のまま、他方向に力が加わり態勢を崩した。俺達はすかさず遠めに距離を取った。
「まさか君達にたしなめられる日が来るとはね」
「ああ、焼きが回ったな」
「全員で帰るって言いましたよね」
「そうっすよ! 兄貴達が言ったんすからね」
「とは言え……」
「束になっても正直厳しいぞ、ありゃあ」
「全員で撤退だ、と言っても何か足止めする方法を考えないとね」
態勢を立て直した奴に俺達が構えを取ったその時、腹に響く様な重音が奴の足元を駆け抜けた。奴は足を地面に縫い付けられた様に、その場でもがき始める。
「今度は何よ……」
それは機体と呼ぶには余りに滑稽な見た目の、黒煙を吐く機械の塊のようなものだった。
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