第15話-白夜-

 戦闘において、一時的に優位に立てる奇襲。その初撃。素手での格闘上、最も攻撃力が望める体重を乗せた攻撃を放つ。先陣を切ったキングさんは飛翔し、両腕を構える。双肩が白煙を吐き出したと同時、左右の拳が一体ずつ奴らの頭部を捉え、開戦を告げる様に鈍い音を響かせた。攻撃を受けた二体のセルの頭部はひしゃげ、吹き飛び、その先に群居する奴らを巻き込んだ。それに続き、ジャックさんも飛翔し、身体を捻り、回転による遠心力を加えた蹴りで、一体の頭部を砕いた。こちらに気付き、戦闘態勢に入りつつあるセルの群れに、俺達も飛び込んだ。

「兄貴達に続くぞ!」

 果敢に殴り掛かったレンジを狙い、他方向から飛び掛かって来たセルをハングが捌き、投げる。

「背中は預かってあげる。前だけ見て戦って!」

「悪ぃな」

「死なれちゃ目覚めが悪いだけよ」

 俺も複数体に対し、一定の距離を保ちつつ着実にカウンターを入れていく。歩兵用ユニットでの戦闘とは確実に違う、拳打や蹴りでダメージが通る感覚。本当にセルと対等、いや、それ以上に渡り合える。これが、エイクァ……。これなら。

「……いける」

 俺は戦況を押し切るべく、ジャックさんから教わっていたもう一つのスタイルに切り替える。素早く多彩な蹴り技で圧倒し、肉薄した敵には肘や膝を使い痛恨打を放つ。

「何だよ、ゼロ。そんなのも出来んのかよ」

「打撃が通じるなら押し切れる!」

 俺は掴み掛かろうとして来たセルの頭部を片手で抑え込み、逆腕で肘を入れる。

「押し切るか。いいねぇ、嫌いじゃないぜ!」

 レンジも敵のボディから頭部にかけて、流れる様な連打を放ちながら言う。

「盛り上がるのは良いけど、浮かれて痛いの貰わないでよ!」

 二人分の背中を護り、絶え間なく次々と攻撃を捌きながらハングが俺達に言った。決して戦況は不利ではない。一体、また一体と奴らは無力化していっている。そして、とうとうハングが投げた最後の一体にキングさんがとどめを刺し、その場に立っているのは俺達だけになった。

「終わった…のね」

「凄ぇよ、やっぱこれ」

自分の手を見つめ、言葉を漏らすレンジ。

「そうだね。でもまだまだこんなもんじゃない筈なんだ」

俺達はまだこの機体の力を全て引き出せてはいない。実際に機体を使い、ジャックさん達の戦いを目の当たりにすると、俄然思わずはいられなかった。実践の一瞬のやり取りになるとやはり、数秒のラグが浮き彫りに感じられる。現に当たり前と言えば当たり前だけど、撃破数で見てもジャックさん達にはかなり劣っていた。

「ああ、確かにな。全然使いこなせてる気はしねぇ」

「初換装であれだけ動ければ十分だよ。よくやってくれたね、三人とも」

「荒削りだが連携も取れてたんじゃねぇか? 悪かなかったぜ」

「さて。それじゃあアレを調べてみますか!」

そう言うジャックさんの視線の先にあるのは例の棘だ。

「何なのコレ。材質はセルと同じっぽいけど」

そっとハングが棘に触れる。棘は優に十メートル程はあり綺麗な形ではなく、至る所が欠落している。辛うじて崩れていないと言った有様だった。

「見たまんま考えりゃ欠けてるとこに奴等が埋まってたって感じか?」

「そう考えるのが自然だろうね」

「でもこんなデケェのどっから来てんすかね」

「降って来たって感じでもないし、地中からってことになるんじゃない?」

「だとしたら、巣は地下ってことですか」

そもそもこの棘自体はどうやって地上まで上がって来たんだ? それに地中から来たのなら地下都市も安全とは言えなくなる……。知れば知るほどセルという生物の謎は深まっている気すらする。

「まあ専門的な事は私達の畑じゃない。データだけ取って後はハーミット達に任せよう」

「そうっすね。分かんねぇもんは考えても分かんねぇっす」

そうして俺達は機体の機能を使い、手分けして棘のトレースを開始した。

「にしてもデケェよな」

作業を行いながら隣にいたレンジが呟く。

「うん。俺達の4倍くらいはありそうだ」

「これ持って帰れりゃエイクァ何機ぐらい作れんだろうな」

「かなり沢山作れそうだよね。まあ乗り手も作り手も足りないだろうけどさ」

「だな。ったくセルって何なんだろうな。わらわら湧いて襲って来てよ」

たしかにその通りだ。それが一番の謎だと思う。捕食目的でもなく戦闘になるなんて、何か目的や意思を感じる。だけど、そこまでの思考能力がある訳じゃないみたいだし。本当にどちらかが滅ぶまで戦い続けるしかないのか?

「俺達はセルの事を知らな過ぎる気がする」

「言えてるぜ。前に捕まえた奴と今回のでなんか分かればいいけどよ」

「そうだね。何か糸口が見つかるって信じたいよ」

そして作業は進み、全体の五割程が完了した頃だった。俺達は異変に気付く。突然、湖の水面が荒れ出したのだ。全員が湖に目を奪われた時、水面から灰白色の何かが姿を現した。あれは……。

「セル?」

 色こそ違うものの、一見したその形状は確かにセルの頭部に見える。

「で、でけぇ……」

 レンジが漏らした言葉の通り、その体躯の半分は水中に隠れているが、全長は目前の棘と同程度かそれ以上。更に特徴的なのは体全体に刻まれた直線状の傷跡の様な模様だ。一瞬で場は、今までに類を見ない緊張感に包まれた。俺達三人が身構える中、ジャックさんとキングさんはこれまでとは違う空気を纏っている。それは殺気とでもいうのか、兎に角、只ならぬ何とも形容しがたい空気感だった。

「ゼロ、レンジ、ハング下がっていなさい」

普段とは違う、低いトーンの強い口調でジャックさんが俺達に言う。

「まさかまだ生きてたとはな」

 キングさんの強く握られた拳がギチギチと音を立てた。

「好都合だよ。私達の手で殺せるんだ」

 禍々しくすら感じる二人の様子に、俺は言葉を発することが出来ない。二人の言葉。現れたセルの傷跡。もしかして、あいつが?

「準備はいいかい、キング」

「ああ、さっさと殺ろうぜ」

 俺達の数倍はある巨躯が湖に波を起こしながらこちらにゆっくりと迫る。その状況だけで気圧されている俺達とは対照的に、ジャックさんとキングさんは奴を見据えていた。本気で二人だけでアレを打倒する気なのか……? そんな絶望すら覚え兼ねない心境を捻りつぶす様に、奴が眼前に迫り、水中に隠れていた全貌を露わにするのだった。

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