第13話-魂と震-

 父がナラクの創設者。ジャックさんの口から語られた真実に、俺は驚きを隠せなかった。

「それじゃあ……父は、やっぱり地上に出ていたんですね」

「やっぱり? レイさんから地上のことを聞いていたのかい?」

 レイ、それがここでの父の名だったのだろう。仕事で滅多に家には帰って来なかった父の、俺が知らない姿がここには色濃く残っているんだ。

「いえ、滅多に家には帰って来ませんでしたし、守秘義務もあったでしょうから。ただ、これを見たんです」

 俺は言いながら隊服のジャケットの内ポケットから例の絵を取り出し、ジャックさんに手渡した。

「これは……また」

「随分と懐かしい代物だな」

「そうだね、昔を思い出すよ」

 どうやら二人とも絵に見覚えがある様だ。

「知ってるんですか? その絵」

「知っているも何も、この絵を描いたのはリズだよ」

「え、リズさんが?」

「うん、何度か外に出る機会があってね。その頃は私達の目に映る景色は、とても奇麗に思えた。だから彼女はよく絵に起こしていたよ。レイさんを失った時、彼女自身がすべて処分していたから、まだ残ってるとは思わなかったけどね」

「儂らはお前さんに謝らにゃならんな。あの人を失ったのは儂らが無力だったからだ」

「そんな、俺はいいんです。父がもう帰って来ないと知った時、何も思わなかった訳じゃ無いですけど、それは皆さんも同じだと思います」

 ジャックさんやキングさん、ナラクの人達からはあの人、俺の父の背中がハッキリ感じられる。それだけ皆にとってレイと呼ばれていた父は、大きな存在だったことは明らかだ。

「それに、父の想いはこんなにも多くの人の中に息づいています。父はその時の選択や行動を後悔していない、そんな気がするんです」

「そう言ってくれると救われるよ。皆に名前を付けるのもレイさんの真似事でね、私達の名前はあの人が付けたものなんだ。ゼロの言う通り、あの人の想いや存在は決して私達の中から無くなりはしない。君も今やその一員なんだ、レイさんの愛したこの場所を必ず護ろう」

「はい! 改めて、宜しくお願いします!」

「ふっ。さ、飯食いに行こう。儂も腹が減った」

「そうですね、行きましょう。あんまり皆さんを待たせるのも悪いですし」

 俺達は話を切り上げ、食堂に向かった。俺は父の姿を追ってここまで来た。幼い頃、薄っすらと覚えている俺にとっての父は、とても大きな人だった。それでいて何だか掴み処が無く、だけど暖かな、そんな人だった。今まで正直、父に抱いていた思いは穏やかなものだけじゃない。だけどジャックさんが語ってくれた話を聞いて俺は不思議と晴れた気分になっていた。こんな町の、こんな人々の中に生きているレイという俺の父はやはり大きい人だ。今までにも増して、一層ナラクというこの場所を俺は好きになった。かつてのレイの様に、いや、それ以上に強くなりたい。生きてこの場所を護れるように。


 それから数日後、都市との共同作業が始まった。都市側には秘密裏ということらしい。セルや地上の存在が地下都市民に知れ渡れば混乱は免れない、その対策ということらしい。日が経つにつれ、元々ドックの作業は最低限の機材と人員で行っていたが、都市からの派遣資材と人員が加わったことで作業効率が上がった様で、最初は否定的だったハーミットさんも何とか納得している。とはいえ、やっぱり派遣員にはなるべく情報は流さず、良い様にこき使っているみたいだった。

 そして、俺達を現実に引き戻す様に、束の間の静けさを大きな異変が塗り潰す。その日、地下都市は揺れた。数年ぶりの地震。幸いにも大きな被害が出る程の物では無かったが、ナラクを含め、多くの人々に恐怖を与えることとなった。その翌日、俺達は作戦室に集まっていた。

「昨日の件、なんだけど」

 六人が揃い、ジャックさんが話を始めた。

「地震よね」

「うん。そうなんだ」

「忙しくなる……かもな」

 何故かキングさんは曇った顔でそう言った。

「忙しく? どういう事っすか?」

「いやぁ。それがね、どういう訳か地震の後は奴らの動きが活発になるんだよ」

「数が増えた様にすら感じるくらいにな」

「でも、前の地震は五年くらい前ですよね? その以前って皆さんはまだ」

「起こっているんだよ。五年前からもちょくちょくね。ただ、私達が揺れを自覚するほどじゃ無かっただけで」

「なるほどね。確かに通知も何も都市では行われていないし、自覚できなきゃ分かる訳無いわ」

「それでハーミット、状況は?」

「ああ。震源地は西北西に百九十ってとこだ」

「今回は近いね。行ってみようか」

 地震とセル。何か関係があるんだろうか。それに、震源地には何が?

「あの、そこには何があるんですか?」

「分からない。というのが正直なところだね」

「だが、儂らは何かあると踏んでいる」

「何でなんすか?」

「これまで儂らが確認した地震は計六回、その内の四回は、数日後に都市近辺でセルが確認された。そして、そのいずれも震源地からの距離と奴らの移動想定速度が一致している」

「ってことは……」

「震源地からセルが生まれている可能があるって事になるわね」

「そう言うこった」

「でも、これまでは震源地がかなり遠くてね。それに実戦員は私達二人だったから困難だったんだよ」

「今は兄貴方だけじゃないっすからね!」

「はは、そうだね。だから調査に出ようと思う」

「そうだな。いつまでもただ来た奴を倒してるだけじゃ何の解決にもならねぇ」

「いつ出るつもりだ?」

「そうだね……早いに越したことはないかな」

「そうか。一週間。いや、三日待ってくれんか」

「三日?」

「ああ。それだけあれば何とか完成までこじつけれる」

「成る程。なら出発は三日後だ」

「完成? また何か作ってるんですか?」

「何だジャック、まだ言って無かったのか?」

 キングさんは、ほくそ笑みながら言った。

「サプライズにしようと思っていたんだけどねー」

「なんなの?」

「新型機体。君達の機体だ」

「まじすか!」

「これで私達も」

 またひとつ、近づける。二人に、父に。

「それにしても予定よりかなり早いね、ハーミット」

「それに関しちゃ、支援のお陰と言わざるを得ないな。まあ、待ってろお前さんら。出発には間に合わせる」

 せかせかとハーミットさんは作戦室を出て行った。早速作業に向かったのだろう。それにしても、機体か。新しい力と更なる激戦の予感に、俺は不安の混じった妙な高揚感を覚えていた。そして俺達は出会い、知ることになる。暗雲に満たされたこの美しい世界の輪郭と実状を。

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