第12話-予兆と過去-

 討伐任務翌日。俺達はジャックさんからの招集を受け、作戦室に集まっていた。キングさんとハーミットさんを含めた六人が揃うとジャックさんが話を始めた。

「実は昨日あの後なんだけど、都市のお偉いさん方と会談して来てね。その報告で集まって貰ったんだ」

「何だ? 生け捕りしたセルに釣られて這い寄って来たのか?」

 キングさんが怪訝な顔で言う。

「言い方はともかく、正直そんなとこだね。今回までの実績が認められて支援の拡大を申し出て来たんだよ。ただ、都市側からの人員派遣とセルの共同調査、及び機体の共同制作を条件にね」

 ジャックさんが言い終わると同時、大きな音が部屋に鳴り響いた。ハーミットさんがテーブルを叩いたのだ。

「何が共同だ! 今まで何の足しにもならん支援しか無く静観しておいて。儂らが人生賭けてやっと掴んだ戦績と積み重ねた技術を盗もうってのか! そんな条件、願い下げだ」

「俺もハーミットに同意だな。良いとこ取りってのは気に入らねぇ」

 静かに、でも確かに怒りの籠った声色でキングさんも同調する。

「確かにその通り何だけどね。蔑ろにする訳にもいかないんだ」

 俺はこの場の空気に耐えかねて口を開いた。

「あの……そんな無茶な要求を何で受けなきゃいけないんですか?」

「そうだね、静観っていうのは裏を返せば黙認なんだよ。ここまで自由に動けるのも下手に干渉して来ないからだ。それにこの場所が無くなれば私達やここに住まう皆が行き場を失う事になり兼ねない」

「何すかそれ……脅しじゃないすか」

「言が事だものね。都市は都市でなりふり構っていられないんでしょ」

「私も快くは無いんだけど、受ける他ないんだ。皆分かって欲しい。私達の敵はあくまでセルだ、人間じゃない」

 ハーミットさんが深い溜息をつき、心底嫌そうに自らの頬を撫でた。

「……それで? いつから来るんだ、上の奴らは」

「最低限だけど、ナラクにゾロゾロと踏み入られるのは遠慮させて貰ってね。派遣員はリフト上の施設に在中する事になったんだ。明日以降、在中と機材の準備が整い次第って感じかな」

「成る程。仕方ない、儂らも準備を始めるとしよう」

「悪いね。ああ、そうだ。最後に一つ。奴らの呼称が正式にセルに決定したのと、私達の機体も今後AGHC《エイクァ》と呼称する事になったから」

「ふん。クソだせぇ名前まで勝手に付けやがって。すっかり我が物顔かよ」

「まあまあ、決まった名称も特に無かったんだしさ。私の話はこんな所かな」

「なら解散だな。レンジ、訓練に付き合わせてやる。格技室行くぞ」

「う、うっす」

 物々しい雰囲気のままキングさんは部屋を後にした。一緒に部屋を出たレンジの強張った表情を見ると流石にいたたまれない気持ちになる。

「それじゃ頼んだよハーミット」

「ああ、精々こき使ってやるさ」


 翌日からのナラクは騒々しい日々が続いた。地上の機関と共同ということは勿論、ドックの機材なんかも上の施設に運ぶ必要がある。俺達も度々駆り出され、大掛かりな作業となった。

「これ上上げちゃって良いんですか?」

「ああ、先にリフトに乗せちまってくれ」

 俺はハーミットさんの指示に従い、機材をドックからリフトまで運んでいた。他の皆も今日はそれぞれ分かれて作業をしている。

「儂らの方は今日で粗方片付きそうだな」

「だいぶ殺風景になりましたね、ドック」

「元々そこまで機材も人材も無いからな。丸々半分は上に持って行く事になっちまった」

 機材や部品でごった返していたドックも、こうして物が半減するとかなり広く感じる。露わになった壁や床はかなり年季の入った汚れようだ。

「いい機会だと思って掃除もしないといかんな」

「年季を感じますね。そういえば、ここって、ナラクっていつからあるんですか?」

「ん? そうだな……儂らが今のお前さん達より若い頃からだから、十年やそこらか」

「思ったより最近なんですね。え、でもそれって十年やそこらでえっと、エイクァを作り上げたってことですよね」

「そうだな」

「凄い……」

「まあ、ここにいる連中は大概が訳ありだからな。ナラクに籠って十年間も毎日機械弄ってりゃ無理な話じゃない。それに儂らは地上に遺された技術や情報を得られたしな」

「訳あり……俺達みたいに志願した訳じゃないんですね」

「ああ。殆どは身寄りか無いか、番無しだ」

「番無し?」

「ん? 知らないか? 儂らがガキの頃は都市にも管理が行き届かない地区があったんだよ。スラムとでもいうのかね。治安は悪いわ物は少ないわ酷い有様だったな。そんなとこで生まれた奴らは識別コードなんてありゃせんから、番号無しの番無しっつってな。権利も何もない存在さえ認可されていない奴らが一定数居たんだよ」

「そんな時期があったんだすね。全然知らなかった」

「ここも最初はそんな奴らを管理する為の場所だったんだぞ? それをここまで纏めた馬鹿がいたんだよ」

 過去を思い出しているのか、哀愁の漂う遠い目でハーミットさんはそう言った。

「ジャックさん、ではないですよね?」

「あいつは二代目ってとこだな。あいつの前にここのまとめ役をやっていた男がいてな。都市の人間だったんだが、何の得にもなりゃせんのに儂らに一生懸命な人だったよ」

「だった?」

「ああ、今はもう何処にもいない。丁度ここが纏まって来た頃だ、都市からの勅令で居なくなっても支障がない儂らに地上調査の命令が下ってな。五年ほど前だ、何とか間に合わせた機体一機とナラク内で志願した奴らで最初の任務に挑んだ。その時セルに殺られちまった、儂らを逃がす為に躊躇いなく殿を買って出てな」

「そうだったんですか……すいません、何か嫌なことを話させてしまって」

「構わん、あの人がいたから今の儂らがあるんだ。それにお前さんにとっても……いや、何でもない」

「え?」

 ハーミットさんは何か続けようとして口をつぐんだ。

「いいよハーミット。そろそろ伝えておくべきだろう」

 不意に俺達に声を掛けたのはジャックさんだった。

「ジャックさん、なんでここに?」

「他も大体作業が落ち着いたから皆で昼食にしようと思ってね、呼びに来たんだけど」

「ああ、そうなんですね。えっとそれで……」

「うん。丁度お喋り好きなハーミットが色々話したみたいだから、君に話そうと思ってね。君の父親の話を」

「え……それって、まさか」

 まさか、そんな……ジャックさんが俺の父を知っている? それにこのタイミング、つまり。

「君の父はナラク創設の第一人者。私の前のリーダーだよ」

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