全身麻痺の若い娘は、決まった時間に夢を見る
various(零下)
私は、からくり人形
平成十五年の十月、私は生まれた。寒い日だったと聞く。
平成二十九年の十月、私は交通事故に遭った。その日は熱帯低気圧の影響で、妙に暑い日だった。
全身麻痺の私は、決まった時間に夢を見る。
夢の中で、私は高性能の
来客用の奥座敷に、私はいた。この部屋で、いつも、旦那様と二人きり。
旦那様の家族も、使用人も、来客もない。
誰もいない武家屋敷で、旦那様は暮らしていた。
旦那様が、どうして一人ぼっちなのか、絡繰人形の私には判らない。
旦那様は、絡繰人形であるはずの私を、とても大切に扱ってくれた。まるで人間に接するように、私に話しかけてくる。
私はいつも、旦那様に「愛している」と囁くの。そうすると、旦那様は、何故だか解らないけれど涙を流して、私を抱き締めるの。
私の身体は、全身麻痺で動かない。けれど、絡繰人形になっているときだけは、動くことができる。
生きている人間の私は動けない。生きていない絡繰人形の私は動ける。
べつに絡繰人形でも構わない。動くことができるのが嬉しくてたまらない。
私は首を傾けて、旦那様に「愛している」と呟くの。そうすると、旦那様は、何故だか解らないけれど微笑みながら、私を抱き締めるの。
ハナショウブが描かれた赤い着物。アサガオが描かれた紫色の着物。マツバランが描かれた緑色の着物。
金の
旦那様は嬉しそうに頬を綻ばせて、色んな笄を私の髪に当てている。
象牙の
今日の旦那様なら、きっと朱色の櫛を選ぶはず。
ほら、やっぱり。ああ、鼈甲と金箔の蒔絵が、本当に素敵。
私は家族にとって厄介者でしかないけれど、世間体を気にした家族によって、今日も動けないまま生きている。
明日も、きっと、動けないまま生きるのだろう。
私の魂は、身体の中にはない。
私の魂は、絡繰人形の中にある。
私は、夢の中で生きている。
旦那様に愛されて、私は、とても幸せ。
元々は、なんの変哲もない絡繰人形だった。
私の魂が宿ってから、絡繰人形は動き、やがて話し始めた。
旦那様は最初こそ驚いた様子を見せたけれど、今では、動く私を受け入れてくれている。
ふいに、旦那様が呟いた。お前の望みを叶えてやりたい、と。
私の願い──。
願いは、ただ一つ。
私の身体を、処分してほしい。
私は、不自由な身体から離れて、自由な絡繰人形になりたい。
肉体を捨てて、魂となって、絡繰人形に宿って、旦那様と暮らしたい。
夢の中で、ずっと、二人で──。
私は首を傾けて、旦那様に「愛している」と呟くの。そうすると、旦那様は、何故だか解らないけれど号泣しながら、私を抱き締めるの。
「私も、お前を心から愛しているよ。
ユリア──。聞いた覚えがない花ね。百合の仲間なのかな。
……そう、分かった。明日の着物の柄がユリアなのね。早く見てみたい。
「百合亜。少し、散歩に行こうか。久しぶりにクレープでも食べないか? 大好きだっただろう」
クレープって、どんな花なんだろう。明日はクレープの
ああ、明日が楽しみ。
旦那様の背に乗ると、何故だか解らないけれど、温かいと感じるの。
夢の中なのに、不思議──。
「さあ行こう。散歩している間に、母さんが部屋の掃除をしてくれるからね。そろそろ冬用の敷きパッドを出してもらおうか」
私は旦那様の背に揺られながら、「愛している」と呟くの。
そうすると、旦那様は、何故だか解らないけれど──。
「家族みんな、お前が大好きだよ。百合亜」
【了】
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