赤眼の少女と機械仕掛けのパン職人
どるき
第1話 始まりのご挨拶
ここはジャポネにあるバーツク市。
わたしこと天音ミレッタは、この街で移動式パン屋「トスカーナ」を開店したばかりの新参者である。
実のところわたしはこの世界の人間ではないのだが、この国では異世界人というのは過去にも結構居たそうで、珍しいのは今時やって来たと言う部分だけだとか。
日本から無一文でやって来て、本来ならば右も左もわからないままさまよう他になかったわたしがこうしてパン屋を始めることになったのは、すべてわたしの後ろに隠れる彼のおかげだ。
彼はヨハネ・ヴェアウルフと言う腕利きのパン職人である。顔と脛に傷を持つが、それ以外は気性の穏やかな優しい人物。
まあ、ちょっとスケベなのがたまに傷なんだけれど、むっつりスケベなのでわたしにだけイヤらしい気持ちを向けてくれるのならばわたしは許そう。
そんな風に思っているが、わたしは別にヨハネと交際している訳ではない。まだ今の段階では、将来的にそういう関係になれたらいいなと夢を描いているに過ぎない。
山奥で独り暮らしをする世捨て人だった彼に助けられ、彼とひとつ屋根の下で暮らし、そして彼と共にパン屋の開店に奔走した日々が、わたしに彼への恋心を抱かせていた。
彼もまたわたしに好意を持ってくれているのは彼が時折わたしを相手にむっつりスケベを爆発させているので間違いないのだろう。
それでも今時点でのわたしたちは、まだキスのひとつもしたことがないうぶな関係である。
気をつけるとすれば、常連客のマリーちゃんがヨハネに色目を使うことくらいか。
話は変わるが、わたしはお客さんに「元の世界に未練があるか」と聞かれた事がある。
正直に言えば未練はある。
友達にだって会いたいし、戸塚店長ら恩人たちも心配しているだろうし、読みたかった本の最終巻だって待っている。
帰れるものなら帰りたい。
しかし、その一方でわたしは今の暮らしにも満足している。
当然だろう。大好きなヨハネとふたりでの共同作業の日々に、不満などあろうものか。
わたしはいつかヨハネを連れて帰り、そして両親に彼を紹介する日を夢見て、パン屋の仕事に明け暮れる。
天音ミレッタ二十歳。
まだ幼さを残すパン屋の見習いだったわたしは、今日も異世界でパン屋を営む。
傍らに隠れるヨハネは、わたしが初めて恋をして、そしていずれ結ばれる旦那様である。
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