第20話 パンワッフル

 わたしは焼き上がったワッフル擬きを食卓に並べると、待っていたヨハネをそこに呼んだ。

 ヨハネは待ちくたびれたという態度ながら、妙ににこやかな顔でそこに現れる。


「意外と時間がかかったね。一時間以上かかるとは」

「事前に準備をしていなかったから、生地を慣らすのに時間がかかったのよ」

「ふうん。それで、これは何だい?」


 ヨハネはどうやらワッフルを知らないようだ。

 いや、むしろワッフル擬きだからこれがどういう料理か判断に困っているのかもしれない。


「ワッフル……って知ってるかな?」

「いや、知らない。だけどこれはパンケーキに似ているね」

「確かにワッフルの作り方はパンケーキに似た部分も多いわね。これは酵母で発酵させた緩めの生地を型に入れて、表面をこんがりと焼き上げたものよ。本来は格子模様の焼き型を使うんだけれど、きょうはホットサンドの型で代用したから、正確にはワッフル擬きね」

「酵母か。では小麦粉を使ったのかな?」

「いいえ。今回はライ麦と蕎麦粉のミックスよ。ライ麦だけではグルテンが足りないのを見越してベーキングパウダーで膨らませているから、いわゆる変形ホットケーキでもあるわね」

「ホットケーキ?」

「それも知らないか。案外こっちの世界には無い料理も多いのね」

「それは仕方がないさ。似た歴史を歩みやすいと言うだけで、全く一緒ではないんだから」

「まあとにかく食べてみてよ。甘くて美味しいわよ」


 実のところぶっつけ本番だったので、わたしは小さく「たぶん」と付け加えていた。


「どれ……ん!?」


 ヨハネは熱々のそれを右手で掴んで噛りついた。

 かりっと音が出るほどに硬く焼き上げられた表面をヨハネの強靭な顎が噛み砕き、それらが口のなかでソースと唾液とで混じって柔らかくなる。生地の食感のせいかパンケーキよりも主張は激しく、その割にはワッフルそのものの味は薄い。


「言うほど甘くないね。でも美味しいよ」

「そうかしら……あら、本当だ」


 わたしは気づかなかったのだが、小麦粉を使わなかったせいか甘味が弱いようだ。だがそのぶん付け合わせのソースの甘味が引き立つようで結果オーライだった。

 チョコレートが指につくのもお構いなしに素手で食べるヨハネの前で、わたしはナイフとフォークで綺麗に食べた。

 美味しそうに食べつつもちらちらとわたしの様子を観察していたヨハネの視線にわたしは気づかない。それというのも、チョコレートで汚れたヨハネの指先が妙に艶かしく感じてそちらに目を奪われていたからだ。

 自分が作った料理を美味しそうに食べてくれるだけでも嬉しいものだが、なぜヨハネにこんな気持ちを抱いたのか、今のわたしにはわからない。むっつりすけべなフェイトちゃんの毒を今さら受けたのだろうかと小首を傾げても、自分の中には答えなど見つからなかった。

 後から考えればこの時点で、わたしとヨハネの未来は決まっていたのかも知れない。少なくとも既にヨハネはわたしを好いてくれていた。

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