北村 悦子(キタムラ エツコ)の場合⑥

「お父様、お話があるの。」


夕食のあと、ソファで葉巻をくゆらしながら新聞を読んでいる父に話しかけた。


「ん?なんだい、深刻な顔をして…何か悩み事か?」


そう言うと父は私に向かいのソファにかけるよう促し、葉巻を灰皿で消した。


「実は…。」

「……。」


「実は…す、好きな人ができたの。」


先程まで柔和な顔をしていた父の眉間にくっきりとシワが寄った。


そして、先程消した葉巻を再び手に取り、少し震える手で火を付けた。


ふぅ。


煙を思い切り吐き出すと、わざと落ち着いたような素振りでソファにもたれかかり


「で、相手はどんな男性なんだ。」


明らかに怒っているとは感じたが、乗りかかった船、思い切って銀次さんのことを話した。


「ほう、米軍基地で働いている。」

「はい、仕事もきちんとする方です。それに英語も堪能で、スマートな紳士です。」


少し関心を持ってくれたみたいだったので、一気に畳み掛けた。


「ダメだ。」

「え?」


「ダメだ。おまえの婿は私が決めると言ったはずだ。」

「お父様、私!」


「ダメなものはダメだ!…もう休む…。」



部屋に帰り泣いた。


ベッドに顔を伏せ、声を殺して泣きはらした。


いつのまにか夜が明けていた。


鏡で見ると目が腫れてひどいことになっていた。


それでも、今日は仕事を休むわけにはいかなかったため、顔を洗い化粧を整え、何とか出勤した。



仕事からの帰り道、独り歩きながら考えた。


お父様は恐らくどんな男性であっても、私が選んだ人はすべてNOと答えるだろう。


そして自分が選んできた男性を私と結婚させ、自らの後継者にしようと考えているのだろう。


私は…


「お父様の人形じゃない!」


そう叫ぶと銀座の街を駆け出していた。



銀次さんと会う約束の日、いつもなら待ち遠しい会うまでの時間が、今日は憂鬱な時間となった。


「お待たせ、悦子さん。」

「……。」


「ん?どうしました?深刻な顔をして。」


銀次さんは、私の様子を察して、すぐに近くの喫茶店に入ってくれた。


「何か悩んでるなら、話していただけませんか?」


私は、自分の気持ちをどう伝えたらいいか、最初に発する言葉を選んでいた。


銀次さんは私のそんな思いをわかってくれたようで、黙って私からの言葉を待ってくれた。


「銀次さんと…。」

「……。」


「銀次さんと、結婚したいです。」

「……。」


「でも、父が許してくれません。」

「お父様に話をしたのですか?」


「はい、好きな人がいると言って銀次さんのことを話しました。」

「お父様はどう反対されているのですか。」


「銀次さんがダメなわけじゃないんです。」

「え?」


「例えどんな男性であっても、私が選んだ人はすべてダメなんです。」

「それは随分と横暴ですね。」


「父は私をとても愛してくれています。悪く言えば溺愛しています。私の我儘わがままもほとんど聞いてくれます。」

「……。」


「唯一私が子供の頃から私の結婚相手だけは自分が選ぶとずっと言っていて、それを実行しようとしています。それだけは絶対に譲らないと。」

「明治の人ですね。でも、今は昭和、そしてもう戦前でもない。自由恋愛の時代です。」


「私もそう思って父を説得しました。でも、全く聞く耳を持ちません。これだけは譲れないの一点張りでした。」

「会いに行きますよ。」


「えっ?」

「お父様に。次のお休みはいつですか?」


私は猛反対して銀次さんを止めたが、こちらも聞く耳を持たず、かく行くの一点張りだった。


内心ここまで私を思ってくれていることを嬉しく感じたが、やはり父には会わせたくなかった。

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