伊村 梨花(イムラ リカ)の場合②
昼休みから戻ると机にメモが置いてあった。
『課長がお呼びです。戻ったら席に来るように、とのことです。』
課長から呼び出しなんて、なんだろう?
まさか人員整理の為の肩たたき?!
そう言えば今期の業績はあまり
「課長、お呼びでしょうか。」
「おぉ、伊村さん、ちょっと時間をもらえるかな。」
「あ、はい。」
「じゃあ、会議室で話そうか。」
「えっ、あ、はい、わかりました。」
課長はそう言うと他の社員に会議室の空きを確認させ、空いていた会議室で私と面談するからと言付けて
「伊村さん、C会議室だ。」
そう言って足早に先に向かった。
『なになになにぃ!やっぱリストラ?』
大抵の事には動じない私だが、流石にクビとか言われたら青ざめる。
「失礼します。」
課長が先に入っていた会議室にノックして入った。
「どうぞ。悪いね。忙しいとこ、時間をもらって。まぁ、そちらに掛けて。」
促されて、ロの字型の会議机に課長と90度になる形で座った。
「伊村さん、今年でうちに来て何年になるんでしたっけ?」
「えっ?あー、12年になります。」
「そうですか、アルバイト社員としては長いですね。」
むむむ、長いアルバイト社員を切るってことか…。
「あまり話が長くなると他の社員から、セクハラとか言われたら困るから単刀直入に言いますね。」
キタァーーーーー。
「正社員になりませんか?」
「えっ?」
考えてた言葉と違ったため、一瞬言葉を失った。
「えーと、正社員ですよ、正社員」
「はぁ…。」
まだ、反応できないでいる。
「まだ、その気、ありませんか?」
「あ、急なお話だったんで、頭がついていってませんでした。」
「伊村さんは、確か以前にも、前任の課長から正社員の打診を受けて、断られてますよね。」
「はい…。」
「理由は何なんですか?」
「とても、ありがたいお話ではあるのですが…。」
「……。」
「私なんかに正社員が務まるか自信がないんです。」
「その点は大丈夫です。この半年私はあなたを見てきましたが、下手な正社員より、よっぽど仕事できますし、何より気遣いができる人ですから、充分資格はあります。」
「そうでしょうか。」
「大丈夫です。採用試験受けてみませんか?」
課長の勧めに一日だけ考えさせてほしいと言ってその場は返事を保留した。
本音は自信がないわけではなく、自由が無くなるのが嫌だったのだか、まさか本心を言うわけにもいかなかったので、ああ言って
それに改めて考えると潮時かもしれない。
旅行のための長期休暇が気軽に取れなくなるのは、ちょっと抵抗があるが、入社した頃と比べると会社も有休を取るように勧めていて、一週間くらいの休暇を取る社員も増えている。
それに、この先独身で
私は正社員登用試験を受けることにした。
ひと月後、試験を受けた。
一応筆記試験もあり、あとは面接だった。
本社から人事課長も出てきて試験官をしていた。
さらにひと月後、見事(?)合格、来年の4月から正社員として採用され、入社式にも参加していわゆる新人研修も受けるらしい。
昼休み、例の二人の格好の餌食になったのは私の正社員登用のことだった。
「よく、合格したわねーおめでとう!」
大塚さんが祝いの言葉を言ってくれた。
「ほんと、すごいわ、今の入社試験、私、絶対落ちるわ。よく受かったね。おめでとう!」
浮田さんも褒めてくれた。
ここまでは、よかったのだか…。
「でも、何で
大塚さんが聞く。
「そうそう、給料は上がるかも知れないけど自由が無くなるから、梨花ちゃんの好きな長期旅行が行けなくなるし、あまりメリットないんじゃない?」
浮田さんもつっこむ。
確かにその通りだか、二人と違って独身の私は将来設計をあんたたち以上に真剣に考えなきゃいけないのよ。
だが、そんな事を言えば、魚に水状態になることは目に見えていたので
「長くアルバイトでしたけど、やはり身分が不安定ですから、そろそろ親を安心させてあげないとって思って。」
「えらいわー梨花ちゃん。親思いで。うちの子どもにも
うまくかわせたようだ。
「じゃあ梨花ちゃんはこの会社に骨を
骨を埋める…
40歳という年齢を前に、そろそろ落ち着かないと、というくらいの気持ちで正社員のオファーを受けてしまったが、果たしてよかったのか。
長期休暇が取れないといった短絡的なことじゃなく、この会社で働き、金を貰い、週に2日の休日(時々祝日)で少しだけ息をついて。
そのサイクルを20年あまり繰り返す。
今更だけど、これでよかったんだろうか。
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