岡村塔子(オカムラ トウコ)の場合②

弘樹の部屋は、男の一人暮らしの割には意外と整頓されていた。


「ビールでいい?」


冷蔵庫から缶ビールを二本を出すと一本を私の前のコタツ兼テーブルに置いた。


自らも座ると、缶ビールを開け、こちらに乾杯の仕草をして、グビグビと音を立てて飲み始めた。


「あのさ…」


私から口火を切った。


「弘樹はさぁ、結婚のこととか、考えたことある?」

「え?結婚?」


「そう、結婚」

「あ、んー、なくはない」


「じゃあ、あるんだ?」

「そりゃ、俺だって何人か付き合ったことはあるし、その人との結婚を考えたことはあったよ」


ちょっとだけ、イラっとした。


私も弘樹の前に三人付き合った人がいたくせに、弘樹が“何人か付き合った”と聞いた瞬間、勝手に想像して弘樹が私より美人と楽しそうに手をつないでデートしている場面が浮かんだ。


「じゃあ、私とも結婚について考えてくれている?」


バカだ。いきなり重すぎ……


「え?いきなり?」


そりゃそうだ。


「だって、こうやって家に誘ったってことはエッチしようとしてるわけだし、その先には結婚もあることをちゃんと考えて誘ったってことでしょ?」


何言ってんだ私は……


「え?いや、まぁ誘ったからには真剣に付き合っていこうという気持ちがあるからこそであって、決していい加減な気持ちで誘ったわけではないけど……」


弘樹、真面目。


「けど?けどなによ」

「いや、けどじゃなくて、誘ったわけではな……い」


「当たり前でしょ、いい加減なんてありえない。

私はその先のこと、結婚について聞いてるのよ」


私、けっこう酔ってるかも。


「結婚は……まだ、ちょっと……」

「じゃあ、しない」


「え?え?」

「エッチしないって言ってんの!!」


そう言うと私は、目の前の缶ビールを開けると一気に飲み干して、勝手に弘樹のベッドを占領して寝てしまった。


きっと弘樹は相当呆れたことだろう。


これが私たちの


“初めてケンカした日”


だった。


世間でいうケンカと違うのは、いつも私からの一方的な口撃こうげきで、弘樹はなすすべもなく巻き込まれて、言い返す間もなく、時間の経過を待ち、日付変更線をまたぐか、私の機嫌が自然治癒しぜんちゆするのを待つしかない。


その後、もう少しシラフの時に私たちは結ばれたが、その後も結婚のことを中心に仕事のこと、その他日常のあらゆることをきっかけに“ケンカ”をふっかけ、それを受けた弘樹は、ただ頭上の嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

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