129,新江ノ島水族館!

 ここ、新江ノ島水族館は片瀬江ノ島駅から徒歩3分、茅ヶ崎のヘッドランドビーチからは走って25分の地点にある全国的に名の知れたスポット。テラスからは海はもちろん、目の前に江ノ島、遠く西に富士山を臨める。


 生き物が好きな自由電子くんは私とつぐみに背を向け、沙希のスマホでシラスの群れが入った小さな水槽や、頭上をゆく大水槽のマンタをどアップで撮影していた。


 水族館の目の前に広がる相模湾さがみわんには約千種類の魚類が棲息し、ヒレを悠然とスイングさせゆっくり進むマンタの姿が目を引く。群れを成して機敏に泳ぎ回るイワシたちは、すぐそばを悠然とゆくサメに怯えているのだろう。これが自然に近い姿を演出するのだとか。喰われるイワシにとっては堪ったものじゃないが。


 自由電子くんは先ほどから変わらず沙希のレンズで生き物たちを追っている。大水槽を見上げて「おーい! マンタさーん! 元気かーい?」と両手を振る沙希には目もくれない。フレームに収まりやすいよう私たちと少し距離を取っている沙希は、ほかのたくさんの客に紛れて独り言を発している格好。


 足元以外180度を水槽に囲まれたここは、海洋生物の交差点。


「幻想的な世界だね」


 私の左隣にいるつぐみが言った。


「だね。だけど私は何故か渋谷のスクランブル交差点が脳裏に浮かんでる」


「ああ、そうなんだろうね、きっと、お魚さんたちの世界も」


 儚げに微笑んでから、つぐみは言った。


「悪い、夢を壊すようなこと言って」


「どの世界もそうだよ。渋谷の交差点だって、東京から遠いところに住んでる人にとっては夢の世界かもしれないし。それに、あの雑踏の中にも夢を追って、叶えて、輝いている人はきっといる」


「へえ、つぐみ、そういうこと言っちゃうんだ」


 内に秘めていても表には出さないようにしているから、ちょっと意外。


「ふふふ、言っちゃったね」


 うっとりと水の世界を見上げるこの瞬間のつぐみは、純真に還っている。


 まるで海中にいるかのような世界を、人間が創出、維持している。並々ならぬ努力が、魂を吸い取られそうなほどに、生命起源的な美を演出している。


 私たちの目の前に広がる相模湾が、世界の海が、在るべき姿であるように。


 そんな願いが、自ずと込み上げる。

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