57,行列のできる店、自家製麺屋登夢道3

 あぁ、ほっとする味……。


 城崎さんが恐る恐るマーボー山椒辛味噌らーめんを食べている横で僕は、特製らーめん塩味の、こってりタイプをつるつるすすっている。部活動でカロリーを大量消費した後は、こってりしたラーメンが食べたくなる。


 特製らーめんのスープは『あっさり』と『こってり』を選べる。以前食べたあっさりタイプはスープがさらっとしていて、麺をやわらかめにしてもらえば高齢者にも食べやすそうだった。


 ラーメンは好きだけれど、知らない人と席をともにするのが苦手な僕は、普段あまり外食をしない。けれどきょうは城崎さんが隣にいてくれて、席は端っこだから安心して食事ができている。


 あぁ、なんて幸せな春先だろう。教室の隅でぼんやり考えごとをしている地味な僕が、部活帰りにラーメン屋さんに寄っているという、青春らしい一幕を過ごしているとは。


 もやしらーめんが太麺で、茹でたもやしとキャベツがたっぷり載っているのに対し、この特製らーめんは細麺で、まろやかなスープとよくマッチする。具材はナルト、ネギ、ほうれん草、メンマ、味玉、チャーシュー。こってりタイプには、背脂と一味唐辛子が混ざっている、スープまで飲み干せる一杯。


 個人的には、斜めにスライスされたネギのシャキシャキした食感が好きだ。ほうれん草が入っているのもまた良い。


 他方で、座敷では白浜さんがもやしらーめん塩の中盛、相田さんが大盛、野菜たっぷりのもやしらーめん醤油をガツガツ食べている。合田さんはなかなか麺に辿り着けないようだ。


 彼は味より量を重視するタイプだろうか。仮にそうだとしても、大層美味しそうに食べている。キャベツともやしがみずみずしく茹でられていて、麺に辿り着く前も美味しい逸品だ。


「うまい! きょうもうまいな!」


 合田さんが感想を述べた。


 具体的にどう美味いか、説明を求めてもきっと彼は、美味いものは美味いんだ! の一言だろう。それでいいと思う。


 けれど敢えて醤油スープの味を説明するならば、『濃厚でまろやか』だ。鶏ガラ豚骨の出汁と醤油が程よく溶け合って、まろやかでやさしい味わいだ。


 他方、スープ本来のベーシックな味を楽しむなら塩。もやしらーめんの塩スープは背脂を多く含んでいるのに、スッとキレのある味わい。


 小盛ならば子どもや高齢者でも食べ切れそう。僕が幼いころにこんなラーメンと出逢えていたらと思える一杯だ。


 手元の特製らーめんを、スープまで飲み干した。城崎さんはまだ食べ終わっていない。


 あぁ、美味しかった。周りが食べているのを見ると、僕もまだ食べたくなってしまう。


 とはいえ2杯目を注文しても食べ切れないし、外で行列に並び待っているお客さんもいる。楽しみは次に取っておこう。


 城崎さんの完食を待ち、ちびちびと水を飲みながら、物思いにふける。


 ここ茅ヶ崎は、ラーメン激戦区。老舗からニューカマーまで数多のラーメン店が凌ぎを削っている。そんな中でここ登夢道は、連日行列ができている。


 老若男女が入りやすいお店の雰囲気。実際のラーメンも、多様な人の好みに応える充実のラインナップ。そして茅ヶ崎の人は個人経営の店舗を訪れる際、商品のみでなく、お店の人に会いに行く意味合いを込めている場合が多い。お店の人の柄も、このお店が愛される大きな理由の一つだ。


 これからもきっと、地域の人々に愛される、美味しくて入りやすいお店として、僕らの腹を満たしてくれるだろう。

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