48,俺の彼女になってください!!

 カラス、カラス……。


 俺のファーストキスはカラスなのカアアア!!


 俺が、俺がもっと早くつぐみちゃんにアタックしていれば、こんなことにはならなかったのカアアア!!


 いやちょっと待て、そもそもなんでカラスとポッキーゲームをせにゃならんのだ?


 いちゃつく練習か?


 いやいやいちゃつく練習というよりはこれ、動物園の飼育係の訓練だろ?


 動物園でもこんなことやらせたらパワハラじゃないのか?


 イカン。深く考えたら頭がおかしくなる。


 俺は、俺はどうすりゃいいんだあああ!!


「なんだ武道、できないの? カメ、ちょっと何か持ってきてくれる?」


 見かねたまどかは「しょうがないから手本見せたげる」と、呆れ顔で俺を一瞥した。


 いやいや違うだろ。なんでカラスとポッキーゲームくらい誰でもできるだろみたいな空気になってんだ。


「おう」


 カメさんは店に引っ込んですぐ、コロッケをポリ袋に何個かまとめて入れて持ってきた。


 コロッケを受け取ったまどかは慣れた手つきでコロッケを丸ごと一個咥え、カラスに口移しで与えた。


 なるほど、自分は食べないのか、コロッケ。


「ほら、簡単でしょ?」


 涼しい顔で言い放ったまどかに、俺は唾を飲んだ。


 助けて、助けてくれぇ……。


 まどか以外の五人に目配せした。


 カメさんはアゴで俺を促し、自由電子はどんな意図だかわからんがこくり頷いた。沙希は「ファイト、ファイト」とガッツポーズ、陸は「大丈夫、ぶっちゃけ俺もどうかしてると思うけど、やってみればなんてことない」と俺の背を押した。


 違う、違うんだ! 俺は止めて欲しいんだ!


 だって怖いだろ、あのカラスだぞ! くちばし鋭すぎるだろ! 目とか攻撃されたらヤバイだろお!


「合田くん、無理はしないで、ね?」


 おおおおおお!! つぐみちゃあああん!! なんて純朴に微笑みかけてくれるんだ!! 俺は、俺はいま、猛烈に癒されているぞおおお!!


 だが、こうなったら逆にやるしかない!


 カラスごときに怯えていたら、この純朴な笑顔を守れない!


 世の中にはもっと怖いことが山ほどあるんだ!


 それに直面したとき、いまの俺で彼女を守りきれるか?


 いや、守れない!


 これはきっと、人生の分岐点なんだ。


 俺がカラスに口移しできるか否かで、今後の人生が大きく変わるんだ!


「やる、これはもう、やるしかない……!」


「合田くん……!」


 つぐみちゃんが心配そうに俺を見る。ありがとう、ありがとおおお!


「武道、ついに決心したんだねっ」


 なぜか沙希が目を潤ませている。


 よし、やるぞ!


 覚悟は決まった。カメさんからコロッケを受け取り、咥えた。


 目の前には意外とつぶらな瞳のカラス。


 視線を落とし、カラスに顔を近づける。迫る鋭利な嘴、つぶらな瞳。


 怖え、怖えよお。恐怖で心臓がバクバクしてる。


 そのときだった。カラスがコロッケに喰い付いた。


 意外と強い引張力に驚いた俺は思わずコロッケを口から離し、直後に後悔した。


 グサッ!


「あああああああああ!!」


 周囲にこだまする悲鳴。何事かとこちらを見るラチエン通りの通行人たち。


 コロッケを離した正にその瞬間、カラスは二口目を食べようと嘴を伸ばした。しかしその先にコロッケはなく、空振りしたカラスは俺のあごを勢いよくつついた。


 俺は右手で顎を押さえて離すと、掌には少し血が付着していた。


「合田くん!」


 俺に寄って慌てて通学鞄の中を探るつぐみちゃん。


「だいじょぶか武道!」


 口の悪いときもあるが人一倍心配性な陸。


「やっちまったな」


 カメさん、マジ勘弁してください。


「あちゃー」


 開花する花びらのように両手をサイドに広げ『オーマイガー』のポーズをする洋画好きの沙希。


 あぁ、やっちゃったねと、口には出さないものの表情が語っているまどかと自由電子。


 カラスは落下したコロッケを夢中でつついている。


「ちょっとごめんね」


 至近距離で合う目と目。つぐみちゃんは脱脂綿に消毒液を染み込ませ、トントンと俺の傷口を優しく叩いてくれた。怪我をしたとき、母ちゃんにオキシドールを滝のようにガバガバぶっかけられて育った俺にとって、それは新鮮で、やさしい感触だった。


 髪から漂う甘い香りと、衣服から漂う線香のような香りがほんのり。そして、虫のように、か細い吐息。


「ありがとう」


 恐怖におののいた挙句、怪我をしたカッコ悪い俺。


 俺は、つぐみちゃんに相応しくない。こんな俺では、彼女を守れない。


 でも……。


「うん、それでね、どうしよう、絆創膏を貼ろうにも、おひげが伸びたら邪魔だろうし」


「だ、だいじょうぶ、これくらい何も貼らなくたって」


 傷は深くズキズキ痛むが、範囲は狭い。


「でも、まだ血が出てるから。そしたら、血が止まるまで、これで押さえてて」


 つぐみちゃんは鞄から脱脂綿の入ったチャック付きの透明袋を取り出して、俺に差し出した。俺はそっと、それを受け取った。


「好きだ」


「えっ……?」


 口をついて出たその言葉に、つぐみちゃんは絶句、他の五人は視界に入らない。ただ、空気は凍り付いている。


「俺は、小日向つぐみさんが好きだ」


 それだけは、伝えておきたかった。


 カラスなんて小動物に怯える、身体だけデカイ弱っちい男の、せめてもの勇気のつもりだ。振り絞った声は、魚に引きずり込まれる瞬間の水鳥のように呆気なく、沈むように消えた。


「返事は要らない。ただ、気持ちを伝えたかっただけだ。これからも、友だちとして頼む」


 言い切った。言い切ったぞ、悔しさは残るが、後悔はない。


「イヤ、です……」


 イヤ……? イヤ、だって……?


 つぐみちゃんの搾るように出た言葉に、俺の心には鉄砲水のように後悔が押し寄せた。


 言わなきゃ良かった、友だちでさえいられなくなるなら、言わなきゃ良かった。


「ちょっ、つぐみちゃん!?」


 沙希が信じられないものを見る目でつぐみちゃんを見ている。傍から見てもショックなのか。ああそうか、やっぱりこの状況は、ショッキングなんだ。


「私も、好きです」


「へ?」


 あまりもの驚愕に、思わず出た素っ頓狂な声。


「なので、お友だちじゃなくて、その、その先は、合田くんの口から聞きたいです」


 ごくっと、誰かが唾を飲む音がした。方角から自由電子と思われる。


 頬を赤らめ斜め下を向くつぐみちゃんの両肩を、俺はガシッと掴んでこちらを向かせた。


 びっくりして目を見開く彼女のまるい顔は、さくらんぼのように真っ赤に染まって、口がぽかんと開き綺麗に揃った歯が見える。


「こ、小日向つぐみさんっ……」


 両手を掴む俺の手は緊張でガクガク震え、華奢な彼女の身体をビクビク震わせている。


「はい……」


「俺の、俺の、かっ、彼女になってください!」


 言い切った俺は力尽き、彼女から手を放した。


「はいっ!」


 みずみずしいその笑みに、俺はとうとう土に倒れ込んでしまった。


「「「おおおおおお!!」」」


 意識が遠退く中、沙希、陸、カメさんの近所迷惑な歓声が聞こえてきた。


「よし、それでこそ男だ!」


 カメさんが俺の肩をバシバシ叩く。


「うっ、うっす……」


 息が詰まり、辛うじて返事するのが精一杯だった。


「さすがカメだね! そこまで折り込み済みだったんだ!」


「おうよ、全部俺の計算通りよ」


「つぐみちゃんも、最後は武道に男気を見せるチャンスを与えたんだね!」


「だ、だって、合田くん、しゅんとしてたから。それにその、告白されたいっていう憧れもあって……」


「そっかそっか! 夢が叶って良かった! ドリームス・カム・トゥルー!」


 俺の意識が遠退く中、二人で盛り上がるカメさんと沙希。


「救急車、呼ぼうか」


 そこに割り込んだまどかのまともな一声を聞き、俺は意識を失った。


 次に目覚めたときには、病院のベッドの上でみんなに囲まれていた。


 その後、駆け付けた母ちゃんにみっともないと滅茶苦茶怒られた。

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