34,チョコを渡しにお宅訪問
ああああああ!! チョコ渡せなかったあああ!!
自室で通学カバンを床に置いてベッドに座り込んだ夢のような女子、白浜沙希。
陸にチョコを渡しそびれて絶賛モヤモヤ中。
「うおおおおおお!! おおおおおお!!」
ドンドンドンドン!!
私の存在と唸り声に煩わしさを感じた隣の部屋の弟、悟に壁を叩かれた。いつものことだ。
お前は! もしやお前は! 両親が留守なのをいいことにさっきまでその部屋であんなことやこんなことをしてたのか!! それとも青空の下か!! 彼女の家か!! 私より先に大事なものを捨てやがって!!
ブルルルル! ブルルルル!
通学カバンの中でバイブが鳴った。オモチャじゃなくて、スマートフォンの。周囲からはさぞそういうことに興味津々と見られていそうな私は意外にも清純で、そういうオモチャは持っていない。
スマートフォンの画面を確認。相手はまどかちゃん。私は受話アイコンをタップして耳に当てた。
『もしもし沙希!?』
「どうしたのまどかちゃん。さっきまでいっしょだったのにもう私の声が聞きたくなった?」
『素面で寝言言うな。それより、陸、すごいショック受けてたよ』
「え?」
はてはて、なんのことやら……。
『え? じゃないでしょ。アイツ沙希のチョコ、すごく楽しみにしてたよ』
「うそ!?」
うそおおおおおお!?
割と本気で驚いた!
『嘘だったらわざわざ通話しない』
「いや、実は緊張しちゃって」
シャワーを浴びてから家の前に着くまで、陸と二人きりになるタイミングがなかった。いっしょにいたのはまどかちゃんと自由電子くん。たとえ親しい二人の前でも、その目の前でチョコを渡すのは、今年に限っては恥ずかしくて、渡しそびれてしまった。
『そっか、でも、渡してきな。私も渡したんだし』
私も渡したんだし。そこはもごもご発音していた。恥ずかしいことを思い出して、ちゃんと発音できなかったのだと思う。
江ノ島から学校に戻ってシャワーを浴び終えた私は、自販機コーナーで待っていたまどかちゃんと自由電子くんを発見すると、すぐさままどかちゃんに耳打ちして訊いた。チョコ渡した? って。
まどかちゃんは頬を染めながら一言「うん」と言って、更に紅潮した。
あの乙女な表情は、生涯忘れ得ない。
「そうですよね、そうだと思います……」
『がんばれ』
まどかちゃんは優しくなめらかな口調で、私のモヤモヤを撫でてくれた。
やばいなこれ、まどかちゃんを好きになっちゃいそう。この子ほんとイケメン。女の子だけど。
「が、がんばるしか、ないか」
『そうだよ。大丈夫、沙希ならできる』
そうだ、私ならできる。
変に意識しすぎたからいけないんだ。
「ありがとう、まどかちゃん」
『グッドラック』
さっそく部屋を飛び出して、外階段を下った。チョコを忍ばせたカバンとともに。
歩道の前、交差点では急ぎつつも左右を確認。交通安全マジ大事。
ラチエン通りから裏道に入り駆け足で数分、陸の家に着いた。そっと門扉を開けて敷地に入り、小さな庭を横目に数歩、玄関の前。
ピン、ポーン。
恐る恐る押した旧式のインターホンは、私の心情をそのまま表すようにゆっくり鳴った。ちなみに連打するとピポピポピポピポーと、やかましく鳴る。
おや、応答がない。
寒空の下、古びた家の前で立ち尽くす夢のような女子。
仕方がないので陸に電話をかけたけど、そちらも応答がない。
もしかして陸、まだ帰ってない?
だとしたら距離的にスーパーがドラッグストアにでも行ってるのかな?
香川屋かコンビニだったらもう帰っているはず。
そう思った直後、蹴れば破れそうな焦げ茶色をしたベニヤの扉がスッと開いた。
「おう、どうした」
出てきたのは、首にタオルを巻いた黒いスウェット姿の陸。
やばい、男用シャンプーの香りがする。たぶん悟とか
「寒い中待たされて、からだの芯まで冷えきった」
「わりぃ、インターホン鳴ったのは気付いたんだけど、風呂上がりで全身濡れてたから出るの遅くなった。とりあえず中に入ってくれ」
家の中は、陸のほかに誰もいない様子。
ま、まさかこれは、ワンチャンあるのでは……!?
ドキドキしながら恐るおそる居間に上がると、色褪せた畳の上に木の座卓と、それを囲う座布団が4枚。テレビは32インチの液晶で、地デジ対応。電源はオフ。縁が細く黒い、割と新しい年式のテレビじゃないかと思う。私たちが小学生だったころはまだブラウン管テレビを使用している家庭が多かった。たぶんこの家ではつい最近までそうだったのだろう。
ここ10年くらいで茅ヶ崎は洋風に様変わりしたけど、昔はこういう家が多かった。JKにして早くもオバサンになった気分。それくらいこの街の、とりわけ東海岸はガラリと変わった。
おっといけない、チョコ渡さなきゃ。
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