21,私は見た目が可愛い!

 いまごろまどかちゃんと自由電子くん、イチャイチャしてるかな?


「自由電子くん、あの、これ、チョコ……あげる」


「あ、ありがとうございます。あの、これはつまり」


「うん、私、自由電子くんが、好き、です」


「……ふ、ふはぁっ、そ、そんなっ、で、でも、う、うれしいです。ありがとうございます」


「そ、それでその、付き合って、ください」


「はい、よろしくお願いいたします」


「なんてことになってたりして!! うっひょー!!」


 いいねいいね消極的な二人がやっほーい! もし本当にそうなってたら二人をくっつけた私マジ天使!


「あの女マジやばくね?」


「一人芝居? 劇団員かお笑い芸人なんじゃない?」


「いやあれだろ、きょうバレンタインだから妄想してるんだろ? しかも他人の」


「うわキモ。見た目は可愛い子なのに性格が残念だから彼氏いないんだね」


 前方からこちらへ向かって歩いてきたカップルが、国道134号線で一人芝居をする私に哀れかつ訝しげな視線を向けている。


 悪口を言われているな。けどそんなこと気にしても仕方ない。あいつらは私の友だちでも知り合いでもない。ただ確かに、路上で一人芝居は一般的には不気味だと思う。


 けど、誉め言葉は素直に聞き入れよう。


 そう、私は見た目が可愛い!


 しかもフルーツの香りがする夢のような女子!


 けどもう夕方、朝蓄えたフルーツパワーが尽きてきた。


 道路の向こうにある新江ノ島水族館の前を通過して、まもなく片瀬江ノ島駅。竜宮城を模した夢の世界のような駅。


 鵠沼くげぬま海岸からここまで約2キロ走らず歩いてきたけど、そろそろ走らないとヤバいかな。


 いざというときのためにチャージしたICカードを持ってきたけど、乗り換え待ちを鑑みると電車とバスより歩いて学校に戻るほうが早い。歩けば直線、電車とバスは大回り。120キロで疾走する電車より5キロで歩く私のほうが早く着く。


 ただでさえ遅い私が更に遅く着くと途中で誘拐されたとかパンケーキ屋でサボってるとか水族館でサボってるとか無用な心配をかけるから、江ノ島に向かって渋々歩く。


 交番横の地下道を潜り橋を渡って江ノ島に上陸した。


 平日も観光客が多い。バレンタインデーだから平時より数割増し。


 人の間をすいすい擦り抜けてゆく自転車は相変わらず多く、まどかちゃんだったらブチ切れて蹴りを入れていたと思う。そういう意味でも買い出しに行ってもらって良かった。歩きスマホもウジャウジャいる。前見ろよ、薄暗くなってきて夕陽を浴びてる江ノ島、綺麗だぞ。


 いつも思うけど自転車はコンマで止まれるくらいゆっくり進め、ていうか跨がったまま歩くか押し歩きかな。


 歩行者は横に広がるな。お前らより速く歩く人たちの邪魔になってる。歩きスマホも邪魔。後ろ詰まってる。


 さてさて他の部員はもう折り返したかな?


 誰よりセンコーはいないかな?


 チャリでくっ付かれるの本当にしんどい。


 普段は単なる折り返し地点でしかない江ノ島だけど、ここは日本有数の観光地。だからといってきょう島内を巡ったらそれこそ行方不明騒ぎになるから、海と茜空、富士山が織りなす絶景スポットたるこの場所で少し休憩する。


 出入口の道から逸れた、温浴施設の脇にあるちょっとした展望スペース。


 揺れる波間、揺れるほどない私の谷間。


 くだらないことを考えつつ、乾いた潮風を浴びる。


 あそこが茅ヶ崎だ。


 湾曲する海岸線の先に、私たちの街が見える。ちょっと遠い。よくここまで歩いてきたもんだ。しかも普段は走ってる。


 そのずっと向こうには雪をどっさり被った富士山が聳え、裾野とともに茜空にくっきり浮かび上がっている。空気が澄んだ冬ならではの景色。


 あぁ、なんかもう、いろいろ馬鹿らしいな、勉強とか、部活とか、そういうのに縛られるの。


 自由に生きたい、心のままに。


 そう思ってるの、私だけじゃないよね。


 我慢我慢の連続で押さえつけられて、身動きが取れないでいる人、きっとこの観光客の中にもいっぱいいる。


 こんなはずじゃなかった。


 そんな人生を歩んでレールから逸脱できない、しない人が。


「よっ」


 不意に背中を軽く叩かれた。


「陸」


 ブレザー姿で通学鞄を持った陸だった。


「どうした、こんな所でたそがれて。部活中だろ?」


「そういう陸はなんで江ノ島上陸してるのさ」


「俺は島内一周ウォーキングだよ。部活が休みの日はよくこうしてる」


「そうなんだ、すごいね」


 私は力なく言った。


「おいおい、本当に元気ないぞ。どうした?」


「いや、なんだか景色を見てたらいまの生きかたが馬鹿らしくなりまして」


「そっか、まぁ、そうだな」


 陸は淡々と同意した。


「陸も自分の生きかたが馬鹿らしいって思ってるの?」


「いや、いまの俺には陸上があるから充実してる」


「そっか、それはいいことだ。私はこれからその陸上競技の一環で走って茅ヶ崎に戻らにゃならんよ」


「だな、まぁ、でもなんだ、じゃあ、付き添うよ、茅ヶ崎まで」


「いやいやいや、私は走るんだよ? 陸はブレザーで革靴じゃん」


 私としてはうれしいけど、それは陸に悪い。


「沙希のジョグのペースは俺の歩行速度とほぼ変わらん。それとも付き添われると鬱陶しいか」


「そんなこたない。むしろありがたい」


 センコーにチャリで付かれるのは本当に鬱陶しいけど、陸ならうれしい。やる気でちゃう。


 冬の暮れは早い、そろそろ茅ヶ崎に戻ろう。私は走り、陸は歩き出した。同じペースで。

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