新しい世界

 城崎さんの、意外な一面を見た。


 まさか、ジョグをサボって歩きだすとは。


 てっきりしっかり走らされるかと思っていたから、長距離走が苦手な僕は助かった。


 まだスーツ姿は少ない16時の人混みを潜り茅ヶ崎駅のコンコースを抜け、ペデストリアンデッキを経由してディスカウントストアに到着した僕ら。手早くドリンクを買って学校へ戻るのかと思ったら、城崎さんは入店するなり出入口左手のエスカレーターに乗った。


 ドリンク売り場は1階。まさかそれを知らぬはずなかろう。他に何か用でもあるのだろうか。


 年季の入ったエスカレーター。一段一人乗りの小さいタイプ。ひび割れた青いベルト、丸みを帯びた強化ガラスには昭和中期のものとおぼしき注意喚起のステッカーが貼ってある。


 カタカタカタカタと、独特の駆動音が、量販店にしては静かな店内に響く。


 大手家電量販店の傘下となり、幾度も改装を重ね、内装、外装とも現代的になったこのビル。しかしところどころに昭和の面影を残していて、古くからの茅ヶ崎市民にとってはこれが好感を持てるポイントだったりもする。


「あの、どこへ」


 上りエスカレーター。一段空けて前に立つ彼女の腰に、僕は言葉を当てた。


「4階だよ」


 4階は書籍やCD、ゲームソフトなどを豊富に取り揃えたエンターテインメントフロア。


 直感した。


 これは完全なサボりだ。


 どうしよう、30分ジョグで数分間歩くなどの小さな怠慢は僕もしているけれど、部活中にエンターテインメントフロアに行くなんて大それたこと、経験ない。一人ではする勇気がない。そもそもしようとも思わなかった。


 こんなところ、同じ学校の誰かに見られて告げ口されたらどんな懲罰が待っているだろう。そう思うと不安だ。


 2階、3階、カタカタカタカタ、エスカレーターは上がる。どうしてかこのビルには下りエスカレーターがなく、上りエスカレーターが中央の階段を挟むかたちで設置されている。


 4階に着いた。ここが営業フロアの最上階。僕らは西側から東側に回り込んだ。屋上へ続く階段は闇に包まれている。白浜さんの担任いわく、現在20代後半の人が子どものころ、屋上は小さな遊園地だったらしい。


 時代は少しずつ、移ろいゆく。


 このビルがまだ家電量販店ではなかったころ、いま僕らが立っているこの一角には何があったのだろう。


「どうした?」


 幼児向け書籍コーナーを背に、僕を心配する彼女。


「このビルの過去の様子を想像していました」


「そうなんだ、だいぶ変わったらしいよね。前は1階のアウトドア用品とか自転車屋さんがあるところで金魚とか熱帯魚とか、あと小さいゲームコーナーもあったらしいよ。それだけじゃなくて、3階には大きいゲーセンもあったんだって」


「そうなんですか。遊び場がいっぱいあったんですね」


「みたいだね。昔は駅の南口にもゲーセンがあったらしいだけど、子どもが減ったのか、勉強が忙しくてゲーセンで遊ぶ時間もないのか、アミューズメント施設はずいぶん減ったね。海辺のボウリング場もなくなちゃったし」


「そういえば、小学校低学年のころ、ボウリング場に行ったような。あまり記憶にないですが」


「そっか、あんまり覚えてないのか」


「はい、あまり外へ遊びに行く家庭ではないので」


「なるほどね、そりゃ覚えてないわ」


「えぇ、残念ながら。しかしいいですね、魚のコーナー。もしいまでもあったなら、僕はずっと眺めていそう」


 アロワナ、グッピー、ネオンテトラ、メダカ、金魚……。


「あははっ、想像に易いや」


 普段はぶっきらぼう、ときどきむすっと照れ屋な彼女が、笑った。


 どうしてか、僕の胸は鍼でツボを刺激したようにドクンと高鳴って、じわじわ温まってきた。


 この感覚は、なんなのだろう。未体験領域だ。


 このあと僕らは書籍コーナーを見回り、CDコーナーのヘッドホンで音楽を試聴するなど、けっこうな時間を費やした。実際にどれくらい経過したかは、時計を見ていないため不明。


 城崎さんも僕と同じく本が好きで、漫画も純文学も、たまに指南書も読むらしい。


 音楽は海外アーティストのハードロックを中心に聴いていた。これは僕にとって馴染みのないジャンル。聴いてみると一般的な邦楽に比べサウンドが重厚、楽器一つひとつの音がセパレートに聞こえて、決してボーカルの引き立て役ではない。すべてのパートが主役だった。


 これは病みつきになりそうな世界だ。


 僕の日々に、新たな楽しみが増えた。これから少しずつ、洋楽を聴いてゆこう。


 ところで、


「こんなに遊んでていいのでしょうか」


 あまり戻りが遅くなると誰に目撃されずとも顧問にバレる。僕は彼が苦手だから、できれば接触したくない。


 買い物だけなら学校からダイクマは多めにみて往復1時間少々。江ノ島までのジョグも、速い人はそのくらいで戻ってくる。


「うーん、ちょっとサボり過ぎたかな。でも、たまにはいいんじゃない?」


「はぁ」


 僕は力なく言った。いいような気もするし、悪いような気もして、気持ちを消化できていないからだ。


「だって、毎日勉強と部活の繰り返しで、息つく間なんてほとんどないじゃん」


「はい、確かに」


「だから、たまには息抜きしないと、心が失われちゃうよ」


「なるほど」


 それは一理ある。


「それにさ、こういうちょっとしたことから自分が将来やりたいこととか、好きなことが見つかるんだ。ただ素直カリキュラムに従っても、大人たちは私たちの未来を保証してくれない。死ぬときに、この人生は幸せだったと思えるようにするのは、他の誰でもなく自分自身。閉塞的な日々でも、自分で外を見る、視野を広げる、幸せに生きるための努力をしなきゃいけないんだ」


 随分と哲学的なことを言うものだ。


 僕は黙って、幸せを考える。


 僕にとっての幸せ。


 五体満足、衣食住に不自由しない、人や環境に恵まれる。


 将来の具体的なビジョンを描けていない現在、僕が望む幸福の条件はこの3つ。


 五体満足の維持は怪我や病気など、不測の事態が付きもの。努めて安全や健康に配慮した生活をするほかない。


 あとの2つは僕の選択次第で転がせる。


 僕が望むのは、決められた物事すべてを受け入れ従順に生きる人生か、広い世界に目を向け、己の選択により道を進み、切り拓く人生か。


 どちらを選択しても、人生は自己責任。


 ならば城崎さんの人生論は僕にとって合理的である。


「サボりを正当化したとか思った? 実際そうなんだけどさ」


 エレベーター乗り場の前、立ち止まって思考していた僕に、城崎さんは悪戯な笑みを浮かべて言った。


 無関係なことだけれど、彼女はジャージのチャックを開いて羽織るスタイルがよく似合っている。寒そうだけど。


「一般的な思考に於いてはそうですが、個人的にはこれこそ本当の合理主義だと、客観、主観を並行して思考しました」


「はははっ、そっか、へぇ」


 彼女は意外とよく笑う性格なのだろうか。親友である白浜さんの前でもあまり大笑いまではしないから、てっきり感情を表に出さない人なのだと思っていた。


 僕らは古いエレベーターで1階に下りた。停止するときガクン! と弾み、ちょっと怖い。けれど舌を噛みそうなほどの衝撃が、僕には楽しい。


「私、あの年季が入ったエレベーター好きなんだ。ずっと昔のATMみたいな丸いボタンとか、止まるときの衝撃とか、その他諸々」


 僕の記憶にはないけれど、四半世紀ほど前のATMは画面タッチ式ではなく、ボタン式だったそう。駅の自動券売機もかつてはボタン式だったという。


「僕もです。久しぶりに乗ったらちょっと楽しかった、かも」


「ね。いつまであるかな、このエレベーター」


「古いですからね。いまのうちに乗っておきましょう」


「だね」

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