変わりゆくストリート『雄三通り』

 他の部員たちが去り、私と自由電子くん、センコーがその場に残った。


「で、私らは何をするんですか?」


「お前らはデークマまで走って、これで安売りのドリンクをなるだけたくさん買ってこい。水とスポドリ半分ずつな」


 言いながら、センコーはジャージズボンのポケットからおもむろに千円札1枚を取り出し私に手渡した。ポケットマネーと見せかけた部費だ。


 デークマ。駅北口すぐにあるディスカウントストアの、中高年層の市民間での愛称。2018年2月現在では家電量販店の完全子会社として営業している。


「そんだけですか?」


 学校から店までは3キロ前後。8キロ先の江ノ島より遥かに近い。


「帰りはそれをダンベル代わりに筋トレしながら歩け。筋肉が付けば体内の水分を保ちやすくなるから長距離走者には適した練習だ。ひょろくて腕力のない自由電子にもいい練習になるだろう」


「はぁ……」


 自由電子くんがいつもの調子で心ここに無さげに言った。


「そういうの失礼ですよ」


「事実を言って何が悪いんだ。いいから早く行け」


 チッ。私は舌打ちして「行こう」と自由電子くんを促した。沙希の提案を呑んで特別メニューを認めてくれたことには感謝するけど、彼への侮辱は腹が立つ。


「どんなコースで行こうか」


 校舎を隔て、運動部の騒がしい掛け声が聞こえない校門の手前まで移動し、敷地を出る前にコースの相談。同じ行き先でも道順は多岐にわたる。


 校門の前には法定速度30キロの狭い道が東西に伸びていて、どちらへ行っても目的地に辿り着く。


「えーと、左でどうでしょう。普段あまり通らないので」


「そうだね。そうしよっか」


 進路は西に決定。私たちは学校より東側に住んでいるので、西側の裏道はあまり通らない。


 狭い道で二人並んで走ると危ないから、私は「前走って」と自由電子くんを促した。私のペースでは彼に無理をさせるだろうし、フォームチェックをして改善の余地があれば教えたい。良いフォームになれば、きっと少しくらいは身軽で楽しく走れるようになる。


 お洒落なイメージが定着している湘南の、なんてことない普通の住宅地を縫ってゆっくり走る。


 裏道から馴染みの鉄砲道に出て東海岸会館の交差点を右へ、雄三通りに入った。茅ヶ崎駅南口から海へ伸びる交通量の多い通りだけど、歩道が整備されておらず歩行者や自転車が無秩序に行き交う危険な道。


 そんな道だからまともにランニングなどできず、フォームだけはジョグ、だけど歩行者並みの速度で進む。


 それもかったるくなり、交差点からほど近い老舗ラーメン店、サッポロ軒の前からジョグをやめて歩き出した。陸上が恋人だった私はどこへ行ったのか。


 運動をしていると無性にラーメンが食べたくなるけど、あいにく財布は学校に置いてきてしまった。センコーから預かった札を使ったらドリンクが買えなくなる。


「ラーメンが食べたくなりました」


「奇遇だね。私もだよ。でも私、お金持ってきてないんだ」


「僕、お金持ってます」


「いいの?」


「はい」


 しかしこの時間、店は閉まっている。食事は泣く泣く諦め歩を進めた。


「残念だったね」


「はい、またの機会に」


「またあるかな、こういうの」


「あるかもしれませんし、ないかもしれません」


「ははっ、なんだよそれ」


 彼は無表情で淡々と喋っているだけなのに、私はどうしてか可笑しく思えてしまう。


 ドラックストアとコンビニが向かい合う開けた地点で空を見上げ、鼻で呼吸を整えた。


「雄三通りも変わってきたね」


「はい」


「うちらが小さいころは普通の日本的な商店街だったけど、いつの間にか欧米風のお店が増えて、お洒落タウンになったと思わない?」


「そうですね、昔からのお店とモダンなお店が混在して、時代の変遷を目の当たりにしている気がします」


「きっと昔からのお店も半世紀前は新しくて、街の時代を変えてきたんだろうね」


「はい、昔の茅ヶ崎は木造の建物が多かったようですが、いまこの道の建物は大半がコンクリート製ですね」


「そういえばそうだね。木造で焦げ茶の木板が剥き出しになってる建物は見かけないかも」


「はい。昔からある楽器屋さんや不動産屋さんも建て替えましたし、結局のところ、昔からあるものも形は変わってゆきます」


「うん、建て替えてないお店でも、リニューアルしたり、最近では交通安全アートが描かれるようになったね」


「増えましたね、アート。まるで海外のストリートのような」


「それわかる。プチ海外旅行みたいな」


「そう思ってたの、僕だけじゃなかったんだ」


「少なくとも二人いるってわかったね」


 私が言うと、自由電子くんはフッと鼻で微笑んだ。


「それでも一人よりはいいです」


「そうか、それは良かった」


 彼の安堵に、私も少しほころんだ。垣間見える彼の孤独感を抱き止められたらと、秘かにそんなことを思った。


 街は少しずつ変わってゆく。私たちが育った茅ヶ崎東海岸は古き良き日本の田舎町から欧米風のお洒落タウンへと、とうとう本格的に色を変えてきた。


 幼いころから知っていた雰囲気が失われゆくのは切ないけど、でもこの雰囲気もそれはそれで好きで、新しい息吹は好奇心を掻き立てる。それでもこの街には、どこかセピアの色が漂っている。

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